2020.12.24

映像制作とアプリがもたらす新たな実り──代表×店長が振り返る、クラシコムの歩み(4)2020年版社史

書き手 長谷川 賢人
映像制作とアプリがもたらす新たな実り──代表×店長が振り返る、クラシコムの歩み(4)2020年版社史
兄の青木耕平と妹の佐藤友子は、クラシコムという会社を今年も二人三脚で作り続けてきました。

クラシコムジャーナルでは、これまでにもその歩みを社史として、記事にまとめてきました。2007年に「北欧、暮らしの道具店」を開店以来、始めてきたこと、手掛けるのを留まったことの数々にある決断を3回の記事でお届けしました。

今回は、世界中で激動となった2020年の振り返り。クラシコムにも訪れた不測の大波は、いかなる影響を与えたのでしょうか。


2020年の主な出来事

不安のなかで発火点を仕込み続ける日々

今期の振り返りは、世界が未曾有の事態に巻き込まれる、少し前から始まります。

青木と佐藤は、かつてない不安を抱えていました。2019年下半期に差し掛かるも、来年に期待できるような「確かな勝ち筋」がなく、大きく伸びる要素も見えにくい。2019年10月1日には消費税が10%に増え、厄介な軽減税率のシステム対応もしなくてはならない。行く先がほの暗く、“神のみぞ知る”ような危機感をまとっていました。

ただ、不安だからこそ、次のビジネスにつながる発火点を仕込み続けてもきました。その一つがYouTubeです。

青木
「ずっと考えていたのは、競争力はすぐコモディティになっていくということです。たとえば、2014年頃ならばECサイトがメディアとしてコンテンツを作っていることに新規性がありました。そして、僕らはコンテンツやページ制作の過程で、Instagramに投稿できる写真も大量に保有しており、当時はそういったアカウントは少なく、競争力となっていた。

ところが、2017年や2018年に、それらは競争力ではなくなっていました。そういう意味では、他社がすぐには追従できない競争力、あるいは差異を、お客様の動向が変わっていくことに先回りして用意できないかと思っていました。その一つがYouTubeだったのです。

僕らのお客様の中心である30〜40代くらいの女性も、今よりYouTubeをもっと観るようになるはずだと考え、そのために番組を作ってストックしておくという感覚ですね。ライフスタイルが変わっても、僕らがお客様の興味の中心をちゃんと射貫いた企画が出来るようにありたいから、今のうちから動画制作を始めていこうと」

そして、朝の習慣を紹介する『モーニングルーティン』シリーズが2019年8月にヒット。そのヒットを参考に、ドキュメンタリーの『うんともすんとも日和』シリーズも内容をテコ入れし、再生数を伸ばしました。

■モーニングルーティーン

■うんともすんとも日和

佐藤
「これは私が韓国ドラマにハマったから思いつけたことなんですけれど(笑)、好きな俳優さんの動画ってプライベートから授賞式のコメントまで見尽くしたいものなんです。私たちも同じように、『モーニングルーティーン』に出てくださった方を『うんともすんとも日和』など別のシリーズでも取材するようにしてみたり。新番組も立ち上げながら、一つずつPDCAを回してきました」

そして、このYouTubeの公式チャンネルは、後にコロナという予期せぬ形で一気に加速することになりました。

『ひとりごとエプロン』が与えてくれたもの

そして、『青葉家のテーブル』に続き、2本目のドラマシリーズとして2019年末に公開した短編ドラマ『ひとりごとエプロン』シリーズが大好評を呼び、チャンネル登録者数が激増。その後勢いは止まらず、チャンネル支持率や総再生数時間を大きく延ばし、2020年12月現在チャンネル登録数は約38万人となり、これまで「北欧、暮らしの道具店」を知らなかった層からも認知を得られたといいます。

結果として、新規のお客様はもちろん、採用候補者にもYouTubeをきっかけに挙げる人が2020年には増えました。なかには、『ひとりごとエプロン』のアイテムを販売するまで、運営元がECサイトであることを知らなかったという視聴者も出てくるほどです。

『ひとりごとエプロン』のヒットは、ふたりのビジネス観にも影響を与える出来事でした。お客様に喜ばれる「可処分時間」を最大限にいただければ、巡り巡って自分たちのビジネスが成り立っていく──そのように確信できるようになったのです。

佐藤
「今までもそうでしたが、お客様から『こういうコンテンツを待っていました、ありがとう!』と言われるものを作っていけば、いずれ収益に至る確信が持てました。

『ひとりごとエプロン』は記事コンテンツやラジオとも違う、もっとリッチな可処分時間を体験してもらいたくて作りました。ただ、『青葉家のテーブル』を4本制作した経験上、同じような作り方では2年に一度くらいの制作が限界だと感じていたんです」

そこで、『ひとりごとエプロン』は、同じ工数でもっと多くの話数を制作できないか、という観点で着想した企画でした。言わば、制約があったからこそ生まれたクリエイティブ。佐藤は「これで『青葉家のテーブル』と同じくらいの反響が呼べたら奇跡だなぁ、とドキドキしながら、去年のクリスマスにリリースしました」と振り返ります。

青木
「佐藤が思いついた原案を、杉山弘樹監督が見事に昇華してくれたクリエイションでしたね。制作過程も含めて、僕らにとってはとても良いIPが得られたな、とも感じました」

世界観をスマホアプリで再定義したかった

YouTubeに加えて、2020年の大きな柱となったのがスマホアプリです。これも2019年4月から開発に着手した「仕込み」の一つでした。

これまでの「北欧、暮らしの道具店」は、本家サイトに加え、お客様との接点にFacebookやInstagramといったコミュニケーションプラットフォームを活用し、時流に合わせて注力してきました。

しかし、これらはシステム変更や時代の潮流にも左右されやすい仕掛けです。しかし、既存のSNS以上にインパクトのあるものが望めない現状で、次なる打ち手として可能性が望めたのがアプリでした。

青木
「確信はないけれど賭けるしかないな、と。社内外でアプリ制作のパートナーと出会えたのも大きいです。顧問としてデザイナーの深津貴之さんを迎えられ、UI/UXの優秀なデザイナーにも加わってもらえました。1年ほど前からSun Asteriskというベトナムに開発拠点を持つ企業の社長とも懇意になるなど、アプリにチャレンジできる土壌が作れていたんです」

さらに、2019年8月頃からは、Webサービスやゲーム事業で知られる面白法人カヤックとの協業もスタート。エンジニアの派遣や採用協力、交流勉強会なども行われてきていました。

青木
「カヤックのエンジニアが4名ほどクラシコムの仕事をするために数ヶ月通ってくれたり、人事部の方たちにエンジニア採用を支援してもらったり。あのときの協力がなければ、今の体制はあり得なかったでしょうね」

アプリ制作では「プロダクトとしての世界観を見せること」も狙いでした。「北欧、暮らしの道具店」の本家サイトに加え、YouTubeやラジオといったコンテンツが配信サービスごとに散ってきた現状を整理する意図がありました。

青木はアプリを「北欧、暮らしの道具店が提供するサービスの全体図を表現できる場所」として捉え、閲覧体験を圧倒的に向上させられると考えたのです。

青木
「僕らが提供するユーザー体験により没入してもらい、快適に使ってもらうことで突き抜けたサービスになれるかもしれないという意味では、アプリは投資のしがいがあると思いましたね。2019年11月にiOS版をリリースすると、無料アプリランキングの総合7位まで上り、12月には売上の20%近くがアプリ経由になったのには驚きました。

2020年11月には、アプリ経由は売上の40%を超えるまでになってきました。今ではいかに投資をして顧客を得て、それを回収していくかという勝ちパターンも見えてきたところです」

一方、佐藤はアプリに対して、スマホのホーム画面にアイコンが置いてもらえること、プッシュ通知で「私たちが話しかけたい内容」を届けられることなど、お客様との心理的な親しさが魅力に映ったと言います。プッシュ通知も内容によって開封数に歴然とした差が出るため、現場と一緒に探りながら考えて続けています。

そして2020年4月にはAndroid版をリリースし、それ以降もアプリはバージョンアップを重ねています。直近では、ラジオをバックグラウンド再生しながらお買い物ができるようになるといった、細かやかだけれど喜ばれる機能も実装されました。

佐藤
「言うなれば、持ち家と賃貸の違いみたいな感じですね。アプリは持ち家だから、確かにお金もかかって大変なことはあるけれど、手をかけた分だけお気に入りが増えて、資産になっていくんですよね」

進化は結果となって表れました。Android版アプリがGoogle Play ベストオブ 2020「隠れた名作部門」の部門賞を受賞。佐藤は「隠れたいわけじゃないけれど(笑)」と口にしますが、これまでにも人気アプリが受賞してきただけに、嬉しい知らせの一つになりました。

社内のデジタル化が功を奏した「コロナ対応」

YouTubeやアプリといったポジティブな要素もあれば、2020年を語る上で避けて通れない悲報もあります。世界に飛び散った新型コロナウイルス感染症は、クラシコムのワークスタイルにも影響を及ぼしました。

取材などの必要な移動にタクシーを利用するといった施策を行い、原則全社員がリモートワークへ移行しました。急なリモートワーク切り替えではありましたが、クラシコムでは混乱をさほど招くことなく移行。実は2016年の11月に一人の社員が京都へ引っ越すことをきっかけに、リモートワークができる体勢を徐々に整えはじめ、「対応すべきこと」の多くは実践済みだったのです。

青木
「もともと、自分たちの裁量でリモートワークができる環境も整いつつあったんです。ビデオ会議のZoomやコミュニケーションツールのSlackは日常的に使っていて、契約書もクラウドサインを活用し、稟議も全てオンラインで完結。コロナのために新たな仕組みを特別に導入するようなことはほとんどなかったですね」

ただ、緊急事態宣言時には、取材先にも配慮し、モデルやカメラマンといった外部協力者との連携が難しくなっていく課題は残ります。そのため、新規コンテンツには社員が登場する比率を増やすなど、作り方そのものも変えざる得ませんでした。


普段の家での暮らしにアクセサリーを取り入れる新たな提案もスタッフの自宅で撮影されました。

しかし、この変化には「良い面もあった」と佐藤は強調します。

佐藤
「数年前のメディアの作り方に戻すようなところがあったんです。いつの間にか企画やクリエイティブが必要以上に増幅してしまっていたのを、良い意味で刈り込めるチャンスなんじゃないかと、現場とは話していました。今できないことを悲観するよりも、作り方や考え方を変えたことで出てきた成果を把握するのが、今の自分たちには必要なことだと思えました」

コロナという緊急事態だからこそ、社内の仕事の進め方を見直し、縮小できるところは変更。複数名が企画やクリエイティブのチェックに対応していた部分も、できるだけシンプルなチェック体制に変更。慣れているプロセスを変えていくのは、大きな体力が必要です。コロナが外圧となって働いたからこそ、ぐんと可能になった施策でした。

もっとも、コロナやアプリで売上が伸びたことで、物流の危機に直面する事態も経験。一時期は「商材の7割が欠品する」というほど、仕入れと販売という“お店”の根本に向き合う時間も過ごします。2020年9月には倉庫を増床。物流機能の強化にも力を入れてきました。

青木
「アプリと並行してデータ分析基盤を自社開発し、以前よりも細かくお客様の行動がわかるようにもなりました。特に僕らの場合、長期にわたるお客様からの支持が重要な指標だと思っています。たとえば、数年前に初めて買ってくださったお客様を母集団とする売上が、継続的に積み上がっていることも可視化できましたね」

データによって「コンテンツの答え合わせができた」と佐藤。合わせ買いをする人の増加や、短期間でリピーターが純増していることなど、現場の努力が定量的に評価できるようになったことは、良いフィードバックを生んでいるといいます。

「ありえない!」と言われた、化粧品への進出

2020年は商品面でも、さらなる「広がり」を実現できました。オリジナル商品の比率を高めながら、化粧品という新領域にも進出。ビューティーライターのAYANAさんとの協力に加え、元化学素材メーカーの研究所から転職した社員が結んだ縁もあり、アドバイザーとサプライヤー両面の協力を得て、商品開発を具体化していきました。

2019年4月にプロジェクトを始動し、丸1年をかけて2020年4月にリリース。最初のラインナップは、アイカラー5色とリップカラー3色です。コロナ禍での発売にもかかわらず、1ヶ月で5000個を販売するという大きな反響を呼びました。

青木
「僕は100%反対だったんだけど!(笑)まず、やるべきはスキンケアだろうと。どうして初手でメイクアップなんだって。」

佐藤
「いつもの『兄が反対する』パターンね。もちろん感覚で決めたところも大きいですが、私なりのロジックもあるんですよ。女性がスキンケアを変えるのは相当に勇気がいることですし、リスクもあります。しかも、私たちの商品は店頭で試すということもできません。買ってはみたけど使い切れない化粧水があったり、それを捨てたりするのも心苦しいという本音もあります。

だから、よりファッションや雑貨の感覚と近いアイテムならば、ミーハーな気持ちで手に取りやすいと思ったんです。カップ&ソーサーを増やしてみる延長線のようにメイクアップを試して、『お化粧が楽しくなった』という人を私たちきっかけで増やしていけたら、いつかその積み上げでスキンケアにもたどり着ける。そのほうが、自分たちらしいなって」


スタッフが出演する動画をはじめ、さまざまなコンテンツでのお披露目となりました。

青木
「確かにいつもの反対していたパターンだったけれど、僕が『ありえない!』と思っていることのほうが、うまくいくと倍の成果になる、とも知っていて。だから、賭けてみたい気持ちもあったんです。仮に失敗しても、僕は一度は反対しているから気楽ですし(笑)。一歩目としては良い成果が出たけれど、まだブレイクではない。アパレルと同じく、3年かけて育てていくつもりです」

今後もコスメカテゴリーは、オリジナルだけでなく仕入れ商品も増やし、充実を図っていく予定です。

“正気を保つ”ためにサポートしてくれた社員たち

青木
「不測の事態がたくさん発生した時期でしたよね。日々の事件に一個ずつ対応するだけでも大変だったというような」

佐藤
「でも、今年にやりたいと思っていたことは、すべて実現できました。スタッフたちの協力なくては、何か一つは出来なかったことも絶対あるはず。その中でも、みんなのサポートで“正気を保って”活動できてきたなぁと」

これまで兄妹が二人三脚で作ってきたクラシコム。前期までに出来上がった組織を船に例えて、まさに出港を始めたばかりでした。その海原のなかで、新たに加わった船員たちにも支えられ、未曾有の危機にも沈むことなく、自分たちの航海を続けてきました。

かつて、クラシコムの組織設計は「佐藤が産休に入っても事業が止まらない」を考えて作られてきました。(第1回参照)その時を超え、社員が増え、歴史を歩んでいくうちに、現在は多くのメンバーが産休に入るように。今年からは「総社員の15%が同時期に産休」というタイミングを迎えるまでになりました。

青木
「正気を保てたのは、僕ら兄妹も周りの人に甘えられてきたからだと思います。制約のある中でコンテンツをつくってくれたメンバーはもちろん、人事メンバーも増員したり、管理部門も本当に良く働いてくれました。これから産休に入るメンバーが戻ってきてくれたら、またさらなる発展ができるはずです」


苦しい中でも売上は成長し、心強い新たな仲間も増えた一年でした。

佐藤
「ただ、私も兄もみんなの力を借りて今年を乗り切れたということは、それだけみんなもどこかで無理をして頑張ってきたから。経営指示が二転三転する中でも柔軟な姿勢を見せてくれた人、フウフウと息を吐きながら付いてきてくれた人もいます。来年はまた別の事件が起きるかもしれないけれど、みんなで正気を保っていけたらとは思っています」

「新たな勝ち筋」が次のステージを見せるか

その佐藤の言葉の先を予感させるように、来期のクラシコムは従来とは異なるチャレンジが続いていく年になりそうです。

2020年12月1日付けで、執行役員を据える組織改編を実施。同月には長らくお客様に提供してきた「ポイントサービス」の付与を終了。さらに、商品に同梱してきたリトルプレスも「一定の役割を終えた」と考え、発刊を止める決断をしました。

一方で、『青葉家のテーブル』は長編映画化し、2021年春に全国の劇場で公開される運びになりました。このニュースは大きな反響を呼び、来年への期待となって表れています。国内の情勢を鑑みての公開にはなる予定ですが、「自分たちで観ても良い映画が出来たと思っています。お客様にお見せして何が起きるかが楽しみ」と二人は語ります。

二人そろって「過去最高につらかった年」と振り返った2020年。ただ、その「つらさ」は年々と増し、常に更新していっているのだといいます。確かに大変な状況ではありますが、それだけクラシコムが毎年のように“成長痛”を伴ってきたからではないかとも感じます。

世界の、日本の、そしてクラシコムの緊急事態に、誰もが不安と疲労を抱えてきた今期。しかし、その外圧が「新たな勝ち筋」と「サポート体制」という変化に表れ、着実な成果としても実ってきました。

青木は最近、自分に「老い」を感じる場面もあると言います。体温がうまくコントロールしにくくなった、老眼が進んでいる、などなど。「老いが止まらない!」と半ば冗談、半ば本気の声音を上げますが、その瞳には生きいきとした光がしっかり宿っています。隣で笑う佐藤にもその光は反射して、また自らの瞳からも、明日を見る光を感じさせました。

■2020年の主なリリース
04/02 Android版公開
04/15 Spotify 公式アカウント公開
04/27 メイクアップアイテム発売
06/08 Apple Music 公式アカウント公開
06/18 メイクアップアイテム約1ヶ月で5000個突破
07/07 『ひとりごとエプロン』シーズン2 クラウドファンディング
08/24 1年半で2万本販売!秋いちボトムス2020発売
09/02 『ひとりごとエプロン』シーズン2公開
12/02 Google Play Androidアプリ隠れた名作部門入賞
12/11 「2020年 日本テクノロジー Fast 50」入賞
12/17 『青葉家のテーブル』市川実和子などキャスト情報公開!

■クラシコムの歩み(社史)
第1回:2006年〜2010年「北欧、暮らしの道具店」が生まれるまで
第2回:2011年〜2015年 ネットショップからECメディア
第3回:2015年〜2019年  オリジナルコンテンツへの挑戦
第4回:2020年 映像制作とアプリがもたらす新たな実り
第5回:2021年 「ライフカルチャープラットフォーム」としての進化
第6回:2022年 株式上場という「新たな手段」が可能性を広げる