「うまくいっていること」を見せると人は育つ──スタジオジブリ 鈴木敏夫×クラフター 石井朋彦×クラシコム 青木耕平 鼎談【後編】

書き手 長谷川 賢人

写真 平本 泰淳

「うまくいっていること」を見せると人は育つ──スタジオジブリ 鈴木敏夫×クラフター 石井朋彦×クラシコム 青木耕平 鼎談【後編】
スタジオジブリの鈴木敏夫さん、かつて鈴木さんの元で仕事し、現在はクラフターでプロデューサーを務める石井朋彦さん、そしてクラシコム代表の青木による鼎談をお届けしています。

前編では、鈴木敏夫さんのプロデュースの根幹にある「決闘」という意思をめぐって、スタジオジブリの代表作も例に引いていきました。後編は、スタジオジブリに21歳で入社した石井さんが、これまでに授かってきた「鈴木さんの教え」などに話は広がっていきます。

給料は決めてもらう。見積もりは出さない。相手にしゃべらせろ。

クラシコム 青木耕平(以下、青木)
僕が知りたいのは、間の取り方は心掛け次第で良くなるものなんでしょうか?石井さんは、僕から見ると、かなり仕上がっているように思います。最初からうまかったんですか。

クラフター 石井朋彦(以下、石井)
全然!だめでしたし、今でも間抜けですよ。

スタジオジブリ 鈴木敏夫(以下、鈴木)
「間合い」という言葉があるじゃないですか。それが端的に表れるのがスポーツですよ。それこそ良い間合いのほうが勝つ。だから、石井はそこはよくなったんじゃないですかね。

石井
よくなった……うん、つまり、最初はよくなかったんでしょうね(笑)。

間合いの取り方も鈴木さんに教わってますね。たとえば、僕が転職するとき、鈴木さんから「給料の要望は伝えるな。人は、欲しいというやつにはあげないんだ。とにかく『あなたが思う値段にしてください』と言え」と。僕は何度か転職していますけど、鈴木さんの言うとおりで、給料は必ず上がりました(笑)

鈴木
ははははっ!石井、やっとその言葉がわかった?

石井
ええ、本当に!魔法のように上がります!(笑)

青木
いいですねぇ!でも、見積りも似ていませんか?僕は発注者側が多いんですけれど、「相見積もりを取らない宣言」をするんです。その代わり、見積りが気に入らなかったら断るし、二度と交渉しないから、一発勝負にしようと話します。

一発勝負で出してきた見積もりは、本当はいくらかなんてわからないから、相手がよければ信じちゃえばいいんです。どうせ、その仕事を進めるうちに「ずいぶん多く取れられていたんだな」とかわかってきますから、その時点で対応すれば良い。

石井
ジブリも、見積りを一回も出さないんですよ。

青木
値段の正当性を過剰に確認する時間がもったいないなって思うんです。

鈴木
そう。どっちでも良いんですよ。

石井
僕も価格を叩かれるから、絶対に見積りを出さないですね。これも鈴木さんの教えです。

青木
そうすると、相手は品格を問われている感じにもなりますからね。

石井
向こうが自分のことを、どう思っているかもわかりますし。

青木
見積もりを出す前に「ご予算はいくらですか?」と聞かれても、「こちらの予算の問題ではないから」と。良いと思えば払うし、変な額を提示してきたら座りが悪くて仕事ができない。それに予算を出してしまうと、予算に合ったプランを出されてしまうというのもあるんだろうな、と話していて思いましたね。

石井
あと、「結論は先に言うな」も鈴木さんの教えです。「結論は持っておけ。先に言うと相手は絶対それに決めたくはなくなる。まずは相手に30分しゃべらせるんだ。しゃべっているうちに自分が望む結論に近いことを相手が言う時がくる。そこで『それ!』と言うと決まるんだ」。

鈴木
それ、バラさないでよ(笑)。

石井
究極ですよ。これも間合いですよね。刀で斬る準備はしているんだけど、向こうが斬ってきてから動く。

青木
鈴木さんはどこでそういったことを覚えたんですか?最初からわかっているんですか。

鈴木
うーん、なんとなくわかっているんですよね……気がついたら身についていた。生まれつきなのかなぁ。

「怒る」という難しさを、いかに乗り越えるのか

鈴木
間合いを磨くにはね、緊張ですよ。必要なときに、必要な緊張が持てるかだと、僕は思います。

昔、小学生か中学生のときに、先生が良いことを教えてくれたんです。「生涯で本当に頭にくるのは3回しかない。だから怒る前に、本当に怒りたいのかを自分に聞きなさい」。生涯に3回は少ないとしても、1年ないしは1ヶ月だとしても3回までだと。そうすると、ここぞというときのために溜めておかないと、肝心な時に怒れないんですよ。

石井
鈴木さんは、怒るときは本当に怒るわけです。今は、大きな声で怒ったらダメな時代になってきてもいますが。

青木
とはいえ、石井さんも怒れますか?

石井
僕は「やっぱり怒るべきなんだ」と思う瞬間と、「やっぱり怒っても通じないんだな」っていう絶望を、行ったり来たりです。でも、怒られた経験がないと成長しないとも思っています。

青木
怒るって、難しいじゃないですか。僕は怒れるのは、人間力が高いと思うんです。

鈴木
昔の基準でいうとね、みんな同級生が会社に入るでしょう?その中で、誰かが選抜されて偉くなる。その選抜条件が「人を怒れること」だったんですよ。

石井
今は怒る人ほど出世できないですから。部下と向き合い、部下のやりたいことを認め、そのように仕向けてあげる人ほど上にいきやすいですし。

鈴木
逆転したんだ……。

青木
ただ、ふだん怒っていない側からすると「僕は今、冷たいことをしているな」という自覚もあるわけです。相手に対してというよりは、自分がやりたいこと、やらんとしていることに対して、ある意味でその場限りの対応をしていくほうが、短期的な結果は出ますからね。

でも、過去に自分がしてもらったことが出来ているのかな……とは、非常に感じています。この現在の前提条件の中で、どうすればいいのかはわからない。ちょっと易きに流れている感じはあります。

石井
難しいですよね。

青木
怒るとき、鈴木さんは「怒ろう」と思っているのか、それとも「怒ってしまう」のかでいえば、どちらですか。

石井
それでいうと鈴木さんは前者ですよね。だって僕に「今から怒るからな」って教えてくれるんですよ(笑)。

青木
ははははっ!びっくりしないように?

石井
「石井、ちょっと来い。今から誰々に怒るからな」って。その人が部屋に入ってくるまで普通なんです。入ってきた瞬間に、ちゃんとスイッチを切り替えて怒る。終わった後はケロっとして、一切引きずらない。そのまま食事へ行ったりもするくらい。

青木
それは訓練で身につけたんですか?

鈴木
ある時代の価値観なんですかね。怒るのは義務だし、それも給料分。だから、価値観が変わったってことなのかなぁ。基本は変わっていない気がするけれど。

石井
ジブリに入って真っ先に「目的意識を持つな!」って鈴木さんから言われました。「とにかく先のことを考えるな」と。僕は人生には絶対に目的が必要だと思って、それまで生きてきたのに。

鈴木
僕は人生や仕事の目的を持つのが下手だったんですよね。めんどくさいっていうかね。だから、やっているうちに何かへ近づけばいいし、なぜ目的は必要なのか……って。

石井
「なぜ、そんなことを気にするんだ。それは、お前が今、何か出来ることなのか」って言われるわけですよ。もちろん、出来やしない。だから「お前は目の前のことをまずやれ。それで、次のやることが決まったら言うから」と。

先のことを考えたり、将来の不安みたいなことを思うと怒られる。目の前のことをやっていると、褒められはせずとも、怒られませんでした。

鈴木
僕が右肩上がりの日本を体験している影響もあるかもしれませんが、何だか「やればうまくいく」と思っているんですよね。ただ、ジブリを始めた頃、世の中にも変なことが起こっていたんですよ。何かと言えば、今年の売上がわかったら、次年度はその10%をさらに稼ぐという。あれはね、馬鹿馬鹿しいと思ったんですよ。

ジブリの決算を見ていただけるとわかるんですけど、でっこみひっこみがすごいです。ある年が10だとすれば、次の年は30で、その翌年は5だと。そんなの関係ないじゃないかって。

青木
なるほど。それは、会社の目的そのものが、宮崎駿さんや高畑勲さんの作品を、コンスタントに出し続けられるのであれば構わないからですか?

鈴木
会社を大きくすることに意味は見出さなかったですね。会社は使うものだから。

徳間書店でジブリを作ろうってなったとき、会社の設立なんてわからないから総務部へ行って、「社長がOKを出しているので会社を作りたい」と聞いたら、「作りたいんなら勝手に作りなさい」って(笑)。慌てて本屋へ走って、調べて作った会社ですからね。

青木
ほんとうですか!へぇー……。

鈴木
だから、やればなんとかなると思っている。これが、今の若い人たちと、環境が違いすぎることだとも思っています。倍々で給料が増えていき、とにかく日本は発展し続け、下がることも考えない。ただ、世の中全体が幸せになると思っていたんです。それを加速させてくれたのが手塚治虫さんの漫画ですよね。「おぉ!未来はこうなるのか!」って。

青木
夢のある未来が!

鈴木
そうそう!

徒弟制度は「うまくいっているところ」を最初に見せられる

青木
それにしても、石井さんが受けてきたジブリの教えは、昨今のモダンなマネジメントの世界から言うと真逆じゃないですか。

石井
いわゆる、事業計画やマーケティング、成長戦略みたいなことと真逆なんです。そういう鈴木さんたちがこれだけ面白く、しかもうまくやっているのを10年くらい見てくると、「今この瞬間、世の中でもてはやされていることは、きっとだいたいがウソなんだろうな」っていう強烈な思いに駆られます。

青木
ただ、それは「うまくいっていること」を見せてもらわない限りは、信じられませんよね。

石井
そう。本当に見せてもらいました。たとえば、宮崎さんって表向きはにこやかで人当たりが良いのに、その人がいなくなった瞬間に「あいつはダメだ」と平気で言う。本音と建前をちゃんと使い分けているんです。そういう人の方がなんだか面白い仕事をして、本質を射ているじゃないですか。「そうか、これが世界の秘密なんだなぁ」って強烈に感じましたから。

青木
石井さんが言ってくれた「うまくいっているところを見る」のは怒ることにも通じますね。怒ってうまくいっていることを日常的に見ていれば、たぶん怒れるんです。怒ったら相手が変わって成長したとか、状況が打開されたとか、間近で見る機会がないと。要するに、ロジックでは「怒ったからうまくいく」と頭の中でつながりにくいじゃないですか。

石井
僕にとっては宮崎さんも、それを「見せてくれた」ひとりなんです。漫画家の夢が破れ、大学時代を過ごして、それでも絵の仕事がしたくて東映動画に入社し、厳しい高畑さんに出会った。そこからは、ある意味で高畑さんに全てを捧げてきたわけですよ。だからこそ、このやり方は正しいのであると教えてもらえた。

それから、鈴木さんも似たような経験をしていると聞きました。だからこそ「言ったとおりにしていた方が良いのだ」というお手本があるのは、大きいですよね。

青木
徒弟制度の良さって、まずは「うまくいっている」という状況を見せられることなんでしょうね。

石井
そう!それで「ここへ行くには、こういう段取りが必要なんだよ」と見せてもらえるから、とっても楽ですよ。

青木
僕らが今、一生懸命に考えなきゃいけないのは、「うまくいっているところ」を見せる機会を作ることですね。僕も30歳までブラブラしていて、その後でたまたま入社した会社の上司が怒ってくれる人だったんです。僕は入った初日に「でっかち」っていうあだ名をつけられてましたから。

石井
「頭でっかち」ですか。考えすぎちゃうんですね。

青木
全然、何も出来ないくせに、意識だけは高かった……。

鈴木
石井もそうだったよね?

石井
はい、僕もそうでした。「考えるな!」って何度も言われましたもん。

青木
ただ、考えなくてよくなったときに、すごい幸せだったんですよ。アレコレ言われている時間が終わると、不安な時間はないわけです。ダメだったか、正解だったかしかない。でも、それまでの僕は、何をやっていても「こっちで良いんだろうか?引き返して別の道が良いんじゃないか?」っていうことばかり考えていたから、ずっと不安だったんです。

そんなこと考えず、がむしゃらに働いて、自分がいろんなこと出来るようになったときは幸せでしたね。今でも、あの時代に戻りたいくらいなんですよ。

カンヤダは鈴木さんが手がけた「映画事業」だった

石井
鈴木さんが書いた『南の国のカンヤダ』に出てくる人々も、「タイはこれから大きくなる」という前提があるから先のことをあまり考えないし、エネルギッシュなんでしょうね。

でも、登場人物である首都のバンコク出身であるATSUSHI君は、もはや「考えすぎる」ような現代病を患っています。いずれもタイにルーツのある鈴木さんの友人の話でありながら、失われてしまった日本のよかったところと、なくなってしまったころが浮き彫りになってくる。それが日本戦後史を振り返ることにもなる、非常に面白い話です。

鈴木
あとはね、『南の国のカンヤダ』を読んだ人が「これは全部、鈴木さんの仕事のやり方ですよ」って指摘してくれたんです。いろんな人に「鈴木さんは、どうやって仕事をしているんですか」と聞かれるけれど、この本を読んでもらったらわかりますよ。

要するに、カンヤダをなんとかしようというプロジェクトに仲間を集めて、結果としてはカンヤダが望む形で、バンコクにレストランを開くところまでいったわけですから。

石井
本当にそう思いますね。

これは宮崎さんが引退した後に、鈴木さんが手がけた「映画事業」なんだと思いながら読みました。全く僕が知らない世界で、鈴木さんは普段と同じようなことをやっていて、普段と同じように大量の人が巻き込まれていくわけですよ。

鈴木
一人ひとり、参加していくでしょ。あれが、僕は好きなんです。全てを一人でやりたい人もいるし、みんなでやりたい人もいるけれど、僕は「一人の力」というのはそんなに信じていないから。

青木
鈴木さんが人々を巻き込んでいって仕事することはあれど、「手伝いたい」と思える人と、そうじゃない人もいますよね。その差はどこから来るんでしょうか。まして相手が、すごい映画を作るような監督ではなく、エレベーターで知り合った一般のタイ人女性ですから。

鈴木
一言で表すと、相性。宮崎駿に出会ったときだって、実はそうですよ。世間的に注目された人でもないし、それどころか「二度と映画は作れない」なんて烙印を押されていたんでね。

見ていて、なんとなく相性がよかったから。僕はなにも「宮崎駿と映画を作ろう」と思ったわけじゃない。会社も辞め、アニメーションから足を洗うというから、どうしようかなと。彼の本当の夢は「絵本を描いて暮すこと」だというけれど、それにしたって一家四人はどうやって暮らしていくんだと。だから、カンヤダと同じなんですよ。

青木
まさにレストランを作っていくまでの過程と近いですね。

鈴木
でも、カンヤダについて最高なのはね……ついでだから言っちゃいますけど、6月にようやくオープンしたレストランに人が来始めたら、彼女はある日突然、いなくなるんですよ。

青木石井
えぇーっ!?

鈴木
誰にも、何も、理由も言わず。家族の誰も知らなかった。ある日、家がもぬけの殻になっていた。簡単に言うと、カンヤダは息子を連れて地元のパクトンチャイに戻るんですね。そうする理由はただひとつ。自分の息子を、バンコクで育てたくないから。

いやいや、あのレストランって、誰のために作ったのって!(笑)

石井
それを聞いてから、この本を読んだら、めちゃくちゃ面白いですけど……。

青木
みんながワッショイと担いで作ったわけですもんね。

石井
しかも、宮崎さんが引退して空いたはずの鈴木さんの時間を、これにほぼ費やしていたのに。カンヤダさん、店にいないんですか、もう。

鈴木
いないです。

青木
決闘が終わっていないですね。

鈴木
彼女はすごいよ、もう。勝てないもん。

青木
高畑さんという相手が亡くなってしまった後に、新たな刺客が。

鈴木
すごい人なんですよ、カンヤダは。

前編「プロデューサーとは決闘する生き物である

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文中でご紹介した鈴木敏夫さん最新書籍
「南の国のカンヤダ」

鈴木敏夫さん初のノンフィクション小説。

ある日、出会ったタイ人のカンヤダは、かつて憧れていた映画女優によく似ていた──彼女とのLINEを通じ、存在に惹かれていくなかで沸き起こる「カンヤダを幸せにしたい」という思い。現地通訳の青年・ATSUSHIをはじめ、旧知の人々を鈴木敏夫は巻き込みながら、カンヤダの願いを叶えるプロジェクトが走り出す。しかし、カンヤダは自身の思う道を突き進み、一筋縄ではいかない。そして、鈴木敏夫と仲間たちは、かつての日本の原風景を思わせるタイの田舎町・パクトンチャイへ渡航する日々が始まる。

2017年3月から2018年1月まで連載していたものに加筆修正をし、さらに、今年4月に亡くなられた高畑勲さんとのエピソードも書き下ろしとして収録。

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