2018.10.22

プロデューサーとは決闘する生き物である──スタジオジブリ 鈴木敏夫×クラフター 石井朋彦×クラシコム 青木耕平 鼎談【前編】

書き手 長谷川 賢人
写真 平本 泰淳
プロデューサーとは決闘する生き物である──スタジオジブリ 鈴木敏夫×クラフター 石井朋彦×クラシコム 青木耕平 鼎談【前編】
鈴木敏夫さんのことを、クラシコムの代表青木は、ずっと追いかけてきました。

仕事で行き詰ると、自宅の近所にあるスタジオジブリの周辺を散歩し、ドキュメンタリー『もののけ姫はこうして生まれた』、映画『夢と狂気の王国』で鈴木敏夫さんが苦悩する姿を観ては自らを鼓舞し、ラジオ番組『ジブリ汗まみれ』のお気に入りの回はもう何十回と繰り返し聴いています。

ある日、そんな代表青木が、鈴木敏夫さんの最新著作『南の国のカンヤダ』を読んだ感想をSNSに投稿しました。この本は、鈴木敏夫さんがエレベーターで偶然知り合ったタイ人のシングルマザー、カンヤダさんをめぐるノンフィクション小説です。

すると、代表青木の顔見知りでもあり、かつては鈴木敏夫さんの元で仕事をし、独立された石井朋彦さんの計らいから、メールで感想を直接伝えることになりました。鈴木敏夫さんから返信をいただき、そのメールを公開するまでのやり取りは、代表青木のnoteに綴られています。



この縁がつながり、いよいよ代表青木は、鈴木敏夫さんのアトリエを訪れることになりました。石井朋彦さんも、一緒です。ふだんは「北欧、暮らしの道具店」で、事業をプロデュースしているともいえる代表青木。それぞれの領域はあれど、3名のプロデューサーが集い、語り合いました。

『南の国のカンヤダ』をそばに置き、行き先は定めずに走り出した鼎談で、僕らは宮崎駿さんや高畑勲さんをプロデュースしてきた鈴木敏夫さんの知られざるスタンスを垣間見ることになります。

『南の国のカンヤダ』あらすじ

鈴木敏夫、初めてのノンフィクション小説。

ある日、出会ったタイ人のカンヤダは、かつて憧れていた映画女優によく似ていた──彼女とのLINEを通じ、存在に惹かれていくなかで沸き起こる「カンヤダを幸せにしたい」という思い。現地通訳の青年・ATSUSHIをはじめ、旧知の人々を鈴木敏夫は巻き込みながら、カンヤダの願いを叶えるプロジェクトが走り出す。しかし、カンヤダは自身の思う道を突き進み、一筋縄ではいかない。そして、鈴木敏夫と仲間たちは、かつての日本の原風景を思わせるタイの田舎町・パクトンチャイへ渡航する日々が始まる。(Amazonで詳細を見る)

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スタジオジブリは行き当たりばったりでやってきた

クラシコム 青木耕平(以下、青木)
僕らの会社が「フィットする暮らし、つくろう。」というミッションを掲げているので、このクラシコムジャーナルでも「フィットするビジネスの在り方」を肯定したいと思っています。仕事に対しても多様性があることを、読後感に与える記事を作っていこうと……。

スタジオジブリ 鈴木敏夫(以下、鈴木)
いろいろ考えてるんですねぇ。

青木
ははははっ!

鈴木
いや、そんなに考えないですよ!スタジオジブリでは西岡純一が広報部長なんですけど、彼が取材の窓口で「ジブリの方向性や経営計画」について質問を受ける。そうすると、彼はいつも答えてるんですよ。「それは鈴木さんの頭の中にあるんで、僕らにはわかりません」。

クラフター 石井朋彦(以下、石井)
まぁ、正しいです。

鈴木
そんなに大げさなものじゃないんですけどね、僕らは。うーん……行き当たりばったりでやってきたなぁ。

青木
行き当たりばったりでも続けられるのは、根本に「美意識」や「好き嫌い」があるからではないかと思うのですが。

鈴木
あるとすれば、もう後付けですね、その時の気分でやってみたことに「一貫性がある」と指摘されたら、「へぇー」って思うくらい。僕らはそういうふうには考えていないですよ。とにかく成り行きなんです。だから、きっかけはいつも不純です。

青木
鈴木さんご自身が、元々そういうタイプなんですか?僕や世間一般からの鈴木さんは、戦略や計画の中で何かを立ち上げているように見られることが多いのかなと。

鈴木
多いですけれど、真っ赤なウソで、成り行きですね。それについては、多感な時期に右肩上がりの日本を体験しているからでしょう。僕らのような団塊の世代は大きく影響を受けました。たとえば、僕が大学を出て勤めたのは出版社の徳間書店で、初任給が3万円。現在の初任給をそのまま当てはめても、価値は大して変わらないと思う。

すると、3ヶ月後に賃金改定があって、給料が5万円になった。さらに、ボーナスが13ヶ月分も出たり。「会社っていいなぁ」って、僕は永遠にそれが続くと思っていたんですよね。徳間書店には徳間康快という社長がいたんだけど、今考えても本当に面白くて。

青木
徳間書店を興して、スタジオジブリの初代社長でもあった方ですね。

鈴木
何が面白いかって、会議で僕ら編集者や記者がお金のことを話したら怒鳴られるんです。要するに、物を書く、本を作る人間は、そういうことに囚われてはいけないと。ある人なんて、つい、こういう言い方しちゃったんですよ。本を前にして「この商品は」……そしたら「馬鹿野郎!本は商品じゃない!」って怒られていました。

それが変わってくるのが、会社員になって5年目くらいかな。徳間康快が「今年の徳間書店の売上は……」と初めて社員の前でお金の話をしたんです。みんなそれまで売上を知らなかったんですよ。なんなら、社長も知らなかった。

青木
社長も?!すごいなぁ……!

鈴木
社長も慣れてないもんだから「とにかく300億円を目指すんだ!」なんて言っちゃってね。それで「あの人、金のことを口にするなと言ってたよな?」って(笑)。

でも、編集者や記者がお金のことに口を出さないとき、会社は良かったんです。社長が先頭に立ってお金のことを言い出した途端、徳間書店は下り坂に入るんですよ。不振に陥って苦労をするけれど、それでも社長は変わらなかったですね。

あとは『南の国のカンヤダ』にも書いたけれど、社員が博奕ばっかりやってる世代で。

青木
48ページですね。サイコロ3つの出目に賭ける「ちんちろ」を教わるシーンです。

ぼくは、このさいころ博奕、“ちんちろ”ですべてを学んだ。駆け引き、度胸、礼儀、勝ち続けたときにどうやって引くかなどなど。あらゆる事がその後の人生で役に立った。

鈴木
酒もよく飲みました。仕事が終わると、僕は新橋に行って、新宿のゴールデン街に移って、最後は新宿二丁目へ。毎晩のように3軒まわって……まったく、何やってたんですかねぇ。でも、なんかね、楽しかったんですよ。

決闘こそがプロデュースの根っこにある

鈴木
あぁ、石井がいるのに、全然しゃべらせていない……。

石井
聞いているだけで、面白いです(笑)。

青木
『南の国のカンヤダ』を開いたところで、僕はこの本に対して、鈴木さんのプロデューサー論のような観点を感じてもいました。まるで鈴木さんが足長おじさんのごとく協力をするのは、カンヤダさんにとって幸運な話のはずなのに、彼女の性格もあって、なかなか思うように進展しない。そういうのを経験したとき、鈴木さんは途中で「この人は無理だ」とならないんでしょうか。

鈴木
それは敗北でしょ?

青木
あぁ!そういう感覚なんですね。まさに高畑さんとのお付き合いにも似ています。

鈴木
そう、勝ちたい。白旗を揚げたくないんですよ。

青木
本当に、言わば「ちんちろ」の勝負なんですね。

鈴木
だって言うこと聞かないんだもん(笑)。だから、カンヤダが幸せになったら僕の勝ちなんですよ。

石井
そう考えると、どんなに予期せぬことがあっても楽しそうですね。

青木
なるほど、その考えは全然なかったです。僕だったら絶対に「無理だ!これなら別の人と仕事した方がよほど良いのでは?」となりそうです。鈴木さんは、投げ出した方が長期的には良い結果をもたらすかもしれないけれど、「今ここでは負けたくない!」の連続が続いているようなものですね。

石井
僕が鈴木さんのプロデュースを近くで見ていて思ったのは、「才能がある人」は生まれつきというか、天性で決まっているわけです。そして、多くの人が、才能のある人をサポートしたり、その人を最大限にバックアップすることで自分が輝くのがプロデューサーだと誤解をしています。

鈴木さんは全然違う。その才能のある人を、最後はある意味で「ねじ伏せてやろう」という、その「決闘」こそが鈴木さんのポイントなんですよ。

青木
なるほど。いやぁ、長い決闘だ!

石井
高畑勲さんが先日、亡くなられましたよね。世界的な監督ですから、いろんな方々がいろんな美談を書き、語り、残すわけです。ところが、鈴木さんと宮崎さんだけは、すごく不満そうなんですよ。そういうのを見れば見るほど「嘘ばっかりだ」って。

鈴木
嘘ばっかりなんですよ。

石井
鈴木さんに残った思いは「なぜ、あれだけの時間を費やして映画づくりを共にしたのに、一度も礼を言わずに去ったのだ」といった、怒りにも似た納得のできなさ。つまり、亡くなっても、未だに高畑さんとの戦いは終わっていないわけですよ。

鈴木
終わってないですねぇ。考えていますよ!

石井
先日、宮崎さんと雑談したときに、チラッとそのことを言っちゃったんです。そしたら、宮崎さんが本当に嬉しそうで……。

鈴木
はははははっ!

石井
「鈴木さんが思っていることはよくわかる」と。ただ、宮崎さんが言ったのは「そこに答えはない!」でした。高畑さんから感謝がなかったことに対する答えはないと。なぜならば「俺は鈴木さんより、もっと早くから思っていたからだ」。

一同
(大笑)

青木
勝てなさそうな人がいるからこそ、プロデュースしたくなるんですね。

石井
そうなんです。自分よりも才能があるとか、自分よりもすごいとかいって、勝てないで落ち込むのが世の中のプロデューサーと言われている人、もしくはプロデューサー志望の人なんです。でも、鈴木さんのように「こいつには絶対負けないぞ、負かしてやるぞ」というエネルギーが根本にあるのは、たぶん本当に才能のある人の、別な形の戦い方なんです。

鈴木
だって、その通りですよ。やりたくないと言っている人に映画を作らせているわけですから。

青木
僕は本にも書かれている「カンヤダは、過去を悔やまず、未来を憂えない。」という言葉を見て、逆に高畑さんは様々な情報を見るにつけ、未来を恐れることを通り越して、やる前に全てわかってしまう「未来を悔いる人」なのかもしれないと思ったんです。

石井
あぁ……時代の行き先も捉えていますしね。

青木
その人が5回も作品を撮るのはすごい。だからこそ、それを決闘という観点から見ると、非常に面白いんですね。

鈴木
『ホーホケキョ となりの山田くん』なんて、僕は本当に頭に来ながら作ったんですけど、結果的にMoMA(ニューヨーク近代美術館)のパーマネントコレクションに選ばれたときは嬉しかったですよ。あれはささやかな、僕の勝利なんです。高畑さんはもちろん喜んだけれど、僕は別の意味で嬉しかった。「私のおかげであなたは今、喜んでいるんだよ」って。

石井:いや、でもその感情は最高に健全ですよ。

宮崎駿との決闘で『ハウルの動く城』の未来は変わった?

石井
でも、鈴木さんは、宮崎さんが作りたいものに関しては、必ず一度はクエスチョンを投げかけますよね。

青木
どこかで宮崎さんは「自分で作りたくて作ったのは『紅の豚』だけだ」とお話されていましたけど、それも決闘という観点から見ると、非常に面白いです。

鈴木
宮さんは引退した後でまた作るって言うわけだから、それはすんなり「はい、わかりました」とはいかないですよ。それはそれなりに苦しんでもらおうと。

石井
ふたりの決闘で思い出すのは、『千と千尋の神隠し』で鈴木さんが「本気スイッチを入れた日」ですね。出来上がった絵コンテを宣伝チームで見て、感想を言い合った日があったんです。誰もが『もののけ姫』との比較をしていました。「いわゆるエンターテインメントではない」とか、「これは『となりのトトロ2』である」とか。

『もののけ姫』の興行収入が193億円だったので、だいたい30億円から50億円だろうと、みんなネガティブだったんです。それを聞いて鈴木さんが「よし、本気出すぞ。だったらひっくり返してやろうじゃないか」って言ったんです。その後に、有名になった「カオナシ宣伝」を考えた。

青木
絵コンテでキャラクターの登場時間を計ると、主人公である千尋の次に「カオナシ」が最も長いことから、宮崎駿さんの無意識を読んで「千尋とカオナシ」で宣伝を打ち出していったんですよね。

鈴木
『もののけ姫』の倍を狙おうと思ったんですよ。実際に、始まって3週間くらい経って、本当に倍のペースだったんです。で、途中で飽きたんですけどね(笑)。

青木
ははは!「これはいけるな!」と手応えを掴んでしまったんでしょうね。

石井
さらに言うと、僕は『ハウルの動く城』は『千と千尋の神隠し』を超える可能性があるかもしれないと思っていました。鈴木さんは当時世界を巻き込んでいた、イラク戦争と連動させた、今思い出しても鳥肌が立つような宣伝戦略を立てていたんです。

ところが「『千と千尋の神隠し』は鈴木さんの宣伝がよかった」とみんなが言うものだから、宮崎さんがへそを曲げてしまって「宣伝しないでくれ」と言い始めた。そこで鈴木さんは、ほんとうに宣伝をやめたんです。

未だにあのまま続けていたら、僕は『千と千尋の神隠し』を超えたんじゃないかと思っています。それも、宮崎さんとの決闘でしょう?

青木
とはいえ、スタジオジブリの社長でもあるわけですからね……その勝負を受けられるのはすごいですよ。経営者としては「負けたふりして、とりあえず儲けよう」という選択肢もなくはないじゃないですか。

40年付き合ってきた間柄でも準備を怠らない

青木
決闘で言えば「映画をヒットさせていく」というのは社会や時代との決闘なんでしょうか?

鈴木
それは、あんまり考えないですね。僕が考えているのは、とにかくお金を使うわけでしょ。だから、損益分岐点までは持っていく。その一点ですよね。そうすると義務は果たせることになるじゃないですか。いろんな会社が映画を作るのにお金を出してくれているし、それに対してはしんどい思いさせたら申し訳ないので。本当にその一点なんですよ。

石井
「世の中が当たり前に思っていること」に対する決闘なんじゃないですか? 結果として、それがみんなにとっての意外性を生むから大ヒットになる。マーケティングって、よく言えば「時代とおもねること」ですよね。そこで、時代とおもねらない決闘をするから跳ね方もすごい。

青木
それでいうと、だんだん意外性のある「時代との決闘」みたいなことがしやすくなっているのか、それともしにくくなっているのかは、改めて考えてみたいですね。

僕は、この10年から15年は幸せな変化の中で商売が出来たタイミングだったと、すごく思っています。インターネットが大きくなって、スマホが途中で生まれて。急に出てきたものに乗っかれたのはラッキーでしたから。

お二人にとっては、引き続き、目の前に決闘するものはあるんでしょうか。

鈴木
一応はスタジオジブリも会社ですから、みなさんに給料を払わなきゃいけない。それが最低限のルールで……あとは何をやっても良いわけでしょ?

石井
鈴木さんと宮崎さんは「どちらが長生きするか」の決闘をしていますよね。これは、この世に生を受けた人間にとって、最高の決闘なんです。答えが出たときには、どちらかがいない(笑)。

鈴木
僕は未だに、40年付き合ってきたけど、宮さんとしゃべるときに緊張しますよ。

青木
それはドキュメンタリーの映像を見ても思います。お互いに必ず敬語ですものね。40年も一緒に仕事している人がこの空気なのか、と。なぜなのですか?

鈴木
気づいたら、そうなっちゃったんですよ……でも、ある日に「おい、お前」って呼び始めたら関係の終わりじゃないですか?この緊張感が結構、心地良いんです。だから、考えますよ。会う前に必ず、何をしゃべろうかな、と。この期に及んでも準備を怠らないです。だって準備を怠ったら負けちゃうもん。

青木
決闘だ……まさに居合斬りのような間、ですね。

鈴木
間ですよ、本当に。

 

後編:「うまくいっていること」を見せると人は育つ 

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PROFILE

株式会社スタジオジブリ代表取締役
鈴木敏夫
1948(昭和23)年愛知県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。徳間書店に入社、「アニメージュ」編集長などを経て、スタジオジブリに移籍、以後ほぼすべての劇場作品のプロデュース。現在、株式会社スタジオジブリ代表取締役プロデューサー。著書に『仕事道楽 新版 スタジオジブリの現場』(岩波新書)『ジブリの仲間たち』(新潮新書)『ジブリの文学』(岩波書店)『人生は単なる空騒ぎ―言葉の魔法―』(KADOKAWA)『禅とジブリ』(淡交社)『南の国のカンヤダ』(小学館)などがある。


株式会社クラフター取締役
石井朋彦
1977年生まれ。1999年、スタジオジブリ入社。鈴木敏夫氏に師事し『千と千尋の神隠し』、『猫の恩返し』、『ハウルの動く城』でプロデューサー補、『ゲド戦記』で制作を担当。2006年Production I.Gを経て、2011年、アニメーション制作会社・クラフターを設立。著書に「自分を捨てる仕事術 -鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド-」がある。