積ん読1000冊、労働時間5時間/日。「書籍編集者」の時間割──夏葉社 島田潤一郎さんインタビュー【後編】

書き手 小野民

写真 武藤奈緒美

積ん読1000冊、労働時間5時間/日。「書籍編集者」の時間割──夏葉社 島田潤一郎さんインタビュー【後編】
出版業未経験からひとりきりで出版社を立ち上げた「夏葉社」の島田潤一郎さんのインタビュー。

前編では、「未経験」、「ひとり」といった弱みともなることを強みにして歩んできた島田さんの仕事についての考えをうかがいました。

後編では、2人目のお子さんが生まれて変わった働き方について。子どもの存在は、1日のタイムスケジュールにも、仕事の未来を描く上でも大きな影響を与えているようです。

スマホを手放し、自分がやるべきことの時間を確保

──先ほどお聞きした「煩わしいものに未来を感じる」というのもすごくおもしろいと思うのですが、難しさももちろんありますよね。そういう世界に身を起きつつ、健全に人間関係を巡らせる仕事をしていくには、どのようなことをすればいいのでしょうか。

島田
先に話したことと少し矛盾するようですけど、人間関係の中でものを作っているので、だんだん仕事が硬直していくわけですよね。なんとなく夏葉社っぽい仕事ができあがっていく。でも、殻を破って「新しさ」も随時更新していかなければならない。

ものづくりって、いいものを作るのは前提ですが、同時に新しいものを作らなければいけないと思います。みんなが本屋に行く理由は、新しいものに出会いたいから。

古いものをもう一度世に出すとしても、新しい仕事じゃなくちゃいけないし、自分の中で更新していかなくてはいけません。それができなくなったら仕事って続かないと思います。

それに書籍編集者ですから、やっぱり本を読まなくちゃいけないですよね。僕、買って読んでいない本が1000冊くらいあるんです。たぶん、生涯かけてそれを読むんだと思うんですけど、それはそれで悔いはない。

我々の何千倍と才能ある人たちが何年かかけて書いた傑作が、世の中にはたくさんある。今42歳で人生折り返しくらいなので、それらを読まないで死ぬわけにはいかない。

時間は限られているので、僕、スマホを持っているとずっと見てしまうから、1年半位前にスマホをやめたんです。

── 見ちゃいますよねぇ。私もちょっと悩みです。

 島田
若干解放される感じはありますよ。本読んだり映画見たり。まぁ、仕事をやっていく上では難しいこともありますが。
 

黒か白かじゃなくて程よいバランスって本当に難しい。大事なのは、自分でコントロールできているのかということ。7年間くらいInstagramもTwitterもやっていたんですが、僕はコントロールできなかったんですよ。

 50歳になったらまたスマホを使おうと思っていて、今から楽しみでしょうがない(笑)。8年後のスマホどんなだろうって。

 ──また使う計画があるのも、おもしろいですね。

島田
だって嫌いじゃないんです。むしろ好き。でも自分ではコントロールできないからやらない。
8年間あけたらコントロールできるようになっているんじゃないかと期待しています。できなかったら、また諦めます。 

今は40代だから、子どもとの時間を大切にしたいし、まだ読んでいない本もたくさんあるし、スマホはないほうがいい。編集者はやっぱり、本を読まないといけないから。

──島田さんが仕事のことを考える時、今、お子さんの話がよく出てきますよね。『あしたから出版社』(晶文社)の時点ではまだご結婚もされていなかった。

島田
よく行く本屋さんの女性と結婚したんです。それからすぐ子どもが生まれて。1人だけの時は、早く帰らなきゃっていうのはなくて、21時22時くらいまで仕事していたんです。

でも、2016年に2人目が生まれて、ガラッと変わりました。妻は僕よりも年上で体力にも限りがあるし、「このまま2人見てください、僕は仕事をするんで」というやり方では、うちは成り立たないぞ、と。2人目がそれなりに育つまでは、仕事は1日5時間にしようと決めました。

──生まれる前から決めたんですか。

島田
いいえ。生まれてからです。下の子が3ヶ月までは僕もほとんど働かずに育児にかかりきりで、3ヶ月経ってようやく落ち着いて寝る量もまとまってくれて…くらいから、「これからは毎日17時に帰るね」と。出張以外は、どんなに遅くても17時25分には帰るようにしています。それは絶対。飲み会も基本的には断る。誘ってくれる人がすごく減りました。

1人で働く弱さを埋めた、仕事から離れる家族の時間

──仕事がある日の1日のスケジュールはどんな感じですか。

島田
2017年の1月くらいから毎日10時ー16時で、仕事がたくさんある時は早く来ることにしています。

普段はだいたい9時半に来て、10時から仕事を始めて、12時までやって、1時間休んで、13時から16時まで仕事。働く時間は2分の1になりましたが、10時間仕事していた頃と、仕事の量、本を作る量は変わらないですね。

──10時間を5時間にってなにか根本的に変えないと無理な気がしますが…….。

島田
すごく単純な話なんですけど、いろんな人が昔から「午前は集中できる」って言いますよね。以前の僕は、そんなん嘘だって思って、午前中はエンジンかけずにだらーっと仕事して、お昼食べて16時くらいになってきたらそこがピークだったんです。

今は午前にとにかく集中してやっていると、前より仕事している気がしますよ。あとは、何もかも速く。経理も、発送作業も何もかもスピード重視です。

16時に事務所を出て、17時に家帰って、それから夕飯を作って、子どもたちをお風呂に入れて。子どもを寝かせてから、だいたい22時から1時間くらい、妻としゃべったり本を読んだり映画を見たりすると、また新鮮な感じで会社に来られます。

家の中では、すぐに事件も起こるわけで。昨日だと娘がきゅうりを落としてそれを踏んじゃったとか(笑)。ささいなことなんですけどね。それで、子どもが寝て、妻としゃべって好きなことしてってことをしていると、翌日はすごく新鮮な気持ちなんです。

家族の時間で自分の仕事を見直す気がします。それは一人で暮しているときとは違いますね。

──見直すっていうのは、もうちょっと具体的に言うとどういう作用があるんでしょうか。

島田
僕が1人でやっていることを前提に言うと、自分の仕事をいかに客観的に見るかが重要なエッセンスだと思います。ずっと没頭して何かをやってるいうよりは、「これでいいのかな」っていつでもチェックしたい。それって1人だとすぐわからなくなっちゃう。

でも、スマホもないし、家にパソコンもつないでないから、仕事場を離れるとすごく客観的になれる。で、もう一度同じゲラを見ると、新鮮にまた見れたりするんですよ。やっぱりそのサイクルが気持ちいいんです。

子どもと接しながらも、頭の隅で仕事のことを考えている……それくらいのバランスがちょうどいいかもしれない。事務所から駅までは歩いて15分なのですが、歩きながら企画や帯の文章のことなどあれこれ考える。没頭せずに歩いている間に考えながら、仕事をしていますね。

──パフォーマンスが上がったことを考えると、島田さんの場合は子育てでしたけれど、外的要因で働き方を変えざるをえなくてよかったですね。

島田
本当に、劇的にパフォーマンスは上がりましたね。5時間で10時間分の仕事をするために、朝、頭の中にざざざっとタイムスケジュールができて、それを消化していく。

事務所は倉庫も兼ね、本屋からの注文に直接発送もする(発売時に直接本屋に納品される分を除く)。事務所に入るくらいの在庫で仕事を回すことも必要。

──逆に、忙しすぎて精神的に追い詰められるってことはないですか。

島田
「ゆっくり考える」のは会社の行き帰りの時間くらいなので、そうすると精神的に不安定になるひまがないんですよ。お金がなくなったときに不安にはなるけれど、それすらも、「また明日考えればいいか」となっちゃう。

日々の働き方についてひとつ気をつけていることがあって、労働をなるべく肉体労働に近づけたいと思っているんです。発送する納品書を手書きしたり、発送伝票の宛名を書いたりすることで、先にいるお店や人を想像できる。

自分でカバーをかけたりする作業も大事で、体を動かして農産物を育む農家みたいな働き方が一番の理想。自分の仕事もそれに近いほど、いいものになっていく気がしています。

弱ったときの逃げ場になれる本という存在を残したい

──これから、どんな本を作っていきたいですか。つながる人たちが求めるものをというのはお聞きしたのですが、もうちょっと島田さんが本の未来に期待していることを含めてお聞きしたくて。

島田
この間、映画を見ていたら、ショーペンハウワーという哲学者の言葉で「本を買うというのは、時間を買うことである。未来の自分を買うことだ」と引用されていたんです。

いま、これだけ慌ただしい世のなかで、1500円、2000円というお金を出して本を買っているのは、同時に未来の時間を買っているんですよね。SNSを見ていると流れていってしまうような時間で、2時間とか1週間とか、人によってそれぞれの時間をかけて読む。それがすごく贅沢な気がします。僕は、「新聞を読む時間」も好きなんですよね。内容は置いておいても。

いろんなものは、より速いもの、便利なものに駆逐されていきます。でも、本はそういうものではないと思う。

家の中にあったり、親がおもしろそうに読んでいたりするのを見て、子どもも興味を持つ。そういう風に引き継いでいくものなのかもしれません。

自分の仕事は何なのか考えると、そうやって伝えていかれるような本を作ることだから、頑張らなくちゃいけないなあって思います。

『ガケ書房の頃』(夏葉社)という本は、「本屋は勝者のための空間でなく、敗者のための空間じゃないかと思っている。誰でも敗者になった時に町の本屋に駆け込んだらいい」という話です。これがすごく好き。

島田
僕もパッとしない時に本屋に行っていた。そういう場所として、本屋とか図書館とかいうものは努力して残してあげたい。自分の人生が本当に苦しいときに、必要なのは、誰かからの助言でもあるし、それをゆっくり考える時間や考えられる場所。

自分が解決できない問題に対して、これが答えだっていう風に1時間で答えを出さなきゃいけないとか、1日以内に答えを出さなきゃいけないとか、そういう問題を生涯ずっと考えなきゃいけないかもしれない。自分ですぐに解決できない問題の方が多いから、立ち止まって自分の時間の中で考える。

僕は、本を読みながら、自分の言葉ではない、著者の言葉で、自分の身近な問題について、ぼんやりと考えることが多いんです。

そういう時間を、本とか映画とか音楽は与えてくれる気がするんですね。で、そういうものはずっとあって欲しい。自分の子どもたちが一番大変な時にも、側にあってほしいと、すごく思う。

常に信頼できる友人がそばにいるわけではない。夫とか妻とかがね、全然話にならないなってときもあるでしょうしね(笑)。

──そうですね。一番身近な人が悩みのタネの時もありますから。

これからお子さんたちが巣立つまでと考えると、あと20年くらいは続けなくてはいけませんね。でも、これまで10年続いて来たことを考えれば、そんなに遠い目標じゃない気もしてきます。

島田
長年古本屋をやっていた人が、「長く続けるコツは?」という問いに、「ずっと明日が分からない状態でやっていたから長く続いたんじゃないか」と答えていたんです。安泰だと思ったことは一度もないって。すごくいい話だと思いました。

僕も同じで、いつになったら安定するんだろうって考えながらやっています。きっと、60歳くらいまではジタバタあたふたやっているんでしょうね。

一向に安定しない(笑)。でも、続けるのが目的で、安定しないのが秘訣だとしたら、これが正解ですよね。

 

前編「コネもお金も、なにもなかった。経験ゼロで立ち上げたひとり出版社が、10年生き残った理由。

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