2018.09.11

美しくて愛される、今こそビジネスの「ロマン主義」が復権する!──hey 佐藤裕介×クラシコム 青木耕平対談 後編

書き手 長谷川 賢人
写真 佐々木孝憲
美しくて愛される、今こそビジネスの「ロマン主義」が復権する!──hey 佐藤裕介×クラシコム 青木耕平対談 後編
「キャッシュレス決済サービス」であるコイニー社と、「オンラインストア開設/運営サービス」のストアーズ・ドット・ジェーピー社が経営統合して生まれた、ヘイ株式会社(以下、hey)。代表取締役社長の佐藤裕介さんと、「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコム代表の青木による対談をお届けしています。

前編は、佐藤さんのビジネスのスタートから、heyによるコーポレートブランディングの方向性を通じて、組織運営における「サプライサイド」の重要性を語り合いました。後編ではさらに歩を進め、ビジネスにおける「ロマン主義」の復権などへ話を深めていきます。

「美しくて、チャーミングなもの」が次なる時代の価値になる

クラシコム・青木耕平(以下、青木)
佐藤さんのお話を聞きながら、「クラシコムってどうだったかな?」と思い返してみたのですが、僕らはシステムもロジスティクスも、基本的にある程度は自分たちでコントロールするか、コントロールできるように変えてきました。借り物ではなく、受注システム一つとっても全て社内でスクラッチで作ったものだったり。かなり内製主義なんですよね。

それは佐藤さんがおっしゃるとおりで、「勝負のしどころ」はサプライチェーンの一つずつのところで「ちょっと楽しませる要素」……エンターテイメントをどれだけ詰め込めるかなんでしょうね。

hey・佐藤(以下、佐藤)
うん、うん。

青木
だから「商品が届くまで」、あるいは「届いた後」に出来るアイディアはいっぱいあるけれど、Amazonのフルフィルメントのような汎用的なものを使うと、それらは叶わなくなくなってしまう。そうすると結局は、価格や販促といった限定した領域だけで戦わなくてはいけなくなる。heyの人材採用で避けてきた「マッチョたちの殴り合い」みたいなのに参加せざるを得ないじゃないですか。だからこそ、heyがやろうとしているプラットフォーム側の対応には、大きな可能性も同時に感じるわけです。

今までってセンスが良いもの、一般論でいえばおしゃれに見えるものって、「マーケットを狭める」って考えがあったと思うんですよ。むしろ「ちょっとダサい」くらいのほうがマーケットは広がる、儲かるっていう流派があって。

佐藤
ありますね。インターネットサービスを作る人たちと話していても、一例を挙げればニュースアプリは洗練されたデザインよりも「ほどよくダサくて、チラシ的」でないと、普通の人が見てくれないそうです……と、脅迫観念のように抱いてる人もいます。

青木
ただ、僕は結構、それは今となっては都市伝説なんじゃないか?って、すごく思っていて。

使う人のセンスの良し悪しにかかわらず、基本的に「美しいものが勝つ」のではないか。失敗しているのは「美しいけれど、スカしているもの」です。むしろ「美しくて、チャーミングなもの」であればいいと思うんです。その「美しくある」というこだわりが軽視されて、プラットフォームでは余分な機能として効率化の刈り込みの対象になっている気がして。

heyが、もしサービスの中にそういったものを入れ込んでいるんだとしたら、それはすごく素敵だと思う。センスや美意識みたいなものとビジネスの成功の相関関係みたいなものは、まさに今が過渡期で、流派が二分されているような気がするんです。

僕はそういう部分でも、heyの立ち位置に共感するものがある。どちらかというと、僕も「美しいもの」として勝ちたい気持ちがすごくあるからです。

佐藤
国内ECの成功例であれば、やはり楽天ですよね。フェーズの課題もあると思いますが、造形的な美しさやセンスよりも優先すべきものを押し出す形が広く受け入れられていると感じます。ただ、「美しいから勝てる」とまでは個人的に思わないですけれど、勝つための十分条件として造形的な美しさやセンスは存在するはずです。その証拠に、マスになったブランドって、ちゃんとクリエイティブに後から投資をしっかりされているんですよね。

青木
なるほど。楽天しかり、ユニクロのファーストリテイリングしかり。

佐藤
そうです。特殊に尖ったデザインというよりは、適切にデザインされたものに対して投資がなされているところは、やっぱりちゃんと大きくなっている。

インターネットは成り立ちからして、1990年の後半くらいから2000年代は「造形的な美しさやセンスを気にしないユーザー」が使うものという慣わしが単純に続いていました。その時の成功体験が2010年代にちょこちょこ継続しているだけで、冷静に直近のことを勝手ながらに見ると、「デザインが優れている」のは当たり前のことになっていますね。

身内のことで恐縮ですが(heyの取締役である)光本が手がけたバンクのサービスもそうですけど、直近では小気味の良さやセンスみたいなものが前提条件として必要になっていて、そうじゃないものはあんまり流行っていない気もしますね。

青木
そうですね。今の「美しさ」って、僕は「難しさ」でもあると思うんですよ。美しいものを作ったり届けたりするだけでは美しくなくて、そこに「儲かる」という変数を増やして難易度を適切に調整した時に、ようやく美しさが立ち上がるなぁ、と思ったりしているので。

佐藤
Instagramを見ても「綺麗なもの」は供給が桁違いに多いですものね。それ以外にも、ビジュアルの美しさは飽和しているといえます。

だから、heyのロゴはそういう美しさとは相反するものにしたいと考えていました。デザイナーにはアメリカのヒップホップ映画『ワイルド・スタイル』をヒントにしてほしい、と伝えたんです。これだけ供給がある文脈に「美しいもの」を投下しても誰も気にならないし、みんなそろそろ飽きていると思ったから。

僕は『ワイルド・スタイル』という映画は、ヒップホップ黎明期を描くなかで「自分たちだから出来ることの力を信じよう!」といったメッセージがあると認識しているんです。ご覧になったこと、ありますか?

青木
ごめんなさい、僕は未見でした……。

佐藤
めちゃくちゃ名作なので、ぜひ!

指を鳴らしてラップして、仲間と楽しむところからヒップホップもスタートしています。Instagramのようにユーザーが「いいね」で相互に羨めまくる価値観へのカウンターとして、『ワイルド・スタイル』のような方角にみんなの感覚が寄ってくるんじゃないかと思っていて。若者に起きている似たような変化なら、『Tik Tok』のブームがまさにそうですね。自分や友達が楽しんでいることを、観ているみんなも面白がっている、みたいな。

heyという会社も「家の周りだとあまりいないけれど、インターネットを通じるとたくさん生まれる」っていうことをやりたいんです。現段階の美しさというよりは、これから先に素敵と思われる何かを通して、自分たちのコーポレートアイデンティティをちゃんと表現していけるといいなと思って。

青木
そこで『ワイルド・スタイル』が思い浮かんだと。そして、そこでも「チャーミング」という言葉がしっくりくるわけですね。

佐藤
そうなんですよね。

ビジネスにも、今こそ「ロマン主義」が復権する

青木
要するにチャーミングって、「それぞれの美しさ」ってことだと思うんですよ。

佐藤
そう!そうです。

青木
僕は今の時代って、18世紀ぐらいに現れた、伝統や宗教に対するカウンターである「ロマン主義」に近いと感じています。それは「個人の主観や感情の赴くままに生きてもいいじゃん!」みたいなムーブメントだったと思うんですが、それは個人の感情や主観はどうあれ「利益が出ればいいじゃん!」という功利主義によって潰された感があった。

功利主義による100年、200年を過ごし、その合理性がつき詰まるところまでつき詰まったら、誰しもが素晴らしく効率的なプラットフォーム上で勝負をするようになった。みんながそんなプラットフォーム上で活動してる中で、人間がちょっとだけ合理的に判断しようがしまいが、差がそれほどつかなくなっている。

だからこそ僕は、ロマン主義がリベンジするタイミングが来ているように思うんです。要するに、指を鳴らして楽しくやっていてもうまくいくものはうまくいっちゃう。合理的に一生懸命考えたところで、うまくいかないものはあんまりうまくいかない。だから極論として「自分らしくいこう」みたいなものが勝ち筋になっていく、というか。

佐藤
そうですね。マウンティングやマッチョの精神が行き着くところまで来ているような気がするんですよ。この方角に進行すると……みんながあまり愉快にいかなさそうなんで。

青木
たしかに。

佐藤
heyもそういう反作用が起きるのではないか、ということに、会社全体がベットしています。僕らの会社は数十億ぐらいの売上規模ですから、現状は「ニッチ」といえます。ニッチな状態は個人的には楽しいからいいんですけれど、もっと新しいことにトライするとなると、やはりもっと成長して環境を整えないといけない。そのためには、これがそこそこ不確実性がある賭けだとしても勝たないといけません。

でも流石に、これだけ世の中が窮屈になっていたら、その反作用が起きるだけの「しなり」は感じますけどね。

青木
なるほど!面白いです。事業機会としてはみんなのライフスタイルや指向性にパラダイムシフトが起こると予測して、その「雰囲気」にベットするようなスタンスの起業家って、あんまりいないんじゃないですか?

佐藤
そうですね。この業界だとテクノロジードリブンの人が特に多いですから。僕自身も以前は技術的なケイパビリティの進歩に対して商機を見つけていましたし。でも、テクノロジーの先行例って、すぐに埋まってしまう。最初は「自分たちしか出来ない!」と始めたものが、どういう理屈か全然わからないんですけど、一社が出来るようになると後追いでみんなもできるようになっちゃうという……。

青木
完成形がイメージ出来ると、出来ちゃうんですよね(笑)。

佐藤
「出来るんだ!」と思う瞬間に作れちゃうって、人間はすごいなって(笑)。自分もソフトエンジニアリングのバックグラウンドがあるので、その経験から考えても、機会を見出すことで差を付けるっていうのは事業の勝ちパターンなんです。

ただ、自分たちが世の中に大きなインパクトを作ることを考えた時に、技術発展を軸に突き抜ける、というよりも社会のエモい部分の大きな変化を受け止められる技術とチームづくりを目指す方に進んでいる感じですね。

青木
テクノロジーでもなく、まさに「雰囲気」ドリブンというか。

佐藤
いいですね、「雰囲気」ドリブン。

アップサイドよりも、ダウンサイドに強い仕組みをつくる

青木
僕は「雰囲気」ドリブンのスタートアップって、構造的にダウンサイドリスクが少なくて、アップサイドは無限にあるなぁと思っていて。

さっきおっしゃったとおり、ニッチで止まる状態って「ハッピーニッチ」というか、案外いい感じのまま持続していけたりしますよね。テクノロジードリブン、あるいはマーケティングドリブンのものに比べても、いきなりゼロになってしまうようなことがない。100点中の60点くらいで、のんきにやれるところがあるんだろうと。

佐藤
そうですね。60点くらいの「ハッピーニッチ」になるということはあると思います。だから、そもそもニッチになっても続けられるようなテーマを選ぶことは重要だと思うんです。自分がやりたかったことじゃないニッチで伸び悩むと、精神が辛くなってくる……。

一方、それが大きくなったとき、世の中に価値観のシフトが起きていけば、とんでもなく大きな舞台に出られるでしょうし。青木さんの言う通り、「雰囲気」ドリブンのスタートアップは、何もかもなくなって会社がダメになることって絶対ないと思いますね。

青木
僕は「事業は生き物」と捉えているんです。「伸びたがっている事業」には適切にご飯を食べさせ、休息をとらせて、いわゆる「育てる」必要がある。だけれど、まだ3歳くらいの子にアヤシイ食べ物なんかをいっぱい与えて、来年は体だけ19歳くらいにしちゃおうっていうのは、いろんな問題があるなと思っていて。むしろ、伸びちゃうものは伸びちゃうわけです。僕のスコープが小さいだけかもしれないですけど。

スタートアップ界隈ではアップサイドのことを考えている人が多いように感じるけれど、ダウンサイドを管理するほうがチャンスを捉える時間軸が延びて、さらなるアップサイドも追求できるようになるはず。ダウンサイドに「頑丈な支える仕組み」を持っておくと、ゲームも長くやれるじゃないですか。

客観的に見ると、heyさんもダウンサイドを固めていて、もうこれ以上は落ちないから、どこかでバチーン!と切り替わるのを待っている感じなのかなぁ、と。

佐藤
そうですね、ここは、やっぱり「待ちゲー」なんで。コントロールが出来ず、意図的に促進することもほぼ不可能かなと。だから、「待ちゲー」を楽しくやるためにも、現実的に待てるだけの財務の持続性を持たないといけない。

そういう意味では、ちゃんとその基盤を作れていることは、heyが経営統合した一番のメリットかな、と。プロダクトが世の中に受け入れられている2社をくっつけて、そこを目指すという話ですから。ボトムラインが明確にあって、ユーザーさんも離れないだろうというのはデータでもわかっているんですよね。

「人らしい仕事って何だと思いますか?」に対して、どう答えるか

青木
さきほど「待ちゲー」とおっしゃいましたが、現段階の話せる範囲で全然良いんですけれど、今後はどんな構想でいるんですか?

佐藤
今、僕らがコアターゲットにしているのは、友達や仲間、家族といったスモールチームでお商売する人です。それが本業でも副業でも関わらず、そういう人たちの商売が楽しく、難なく続けられるようにサービスを提供し続けていくことをコアに据えています。

お商売のバリューチェーンでいう企画や生産、販売、決済、顧客との関係構築といった流れ、あるいはそれらに紐付く資金調達といった領域の全てを、彼らの考え方とか行動様式にあわせて新しくすることですね。

青木
従来よりも「ちょっと良くし続けていく」みたいな。

佐藤
「改善」というよりは、そもそものゴール設定を変えるというイメージです。これまでは「大量の商品から、一番安いものをチョイスさせて早く届ける」ことに全てが最適化されてきました。彼らのようにエンゲージメントでものを買ってもらうスタイルに対しては、その最適化は必ずしもフィットしない。倉庫も物流も、販売や決済の場面でも、最適化する方角が全然違うんです。

そのためには、僕らが銀行をやる必要があるかもしれないし、巨大な倉庫業をやるかもしれない。例えば最近ではポップアップショップのキットを提供しています。

青木
ネットショップが、リアルの場に出やすいようにするってことですか?

佐藤
出店したいストアさんがワンクリックで参加を決めたら、スタッフィングもされ、我々の倉庫からものが届いて、あとは自分が現場へ行くだけで、お客さんとのフィジカルなやり取りができる……みたいなことをやろうと。たとえば3日間でも、既存のお客様と触れあえたり、僕らの場合は友達や同業者と会うことを基本的に推奨しているので、現在は他のプラットフォームで出店している人を伴ってもOKです。

お互い友達同士でセンスが似ていると、自分のお客さんが「仲間のお店も良いじゃん!」って感じてくれること、ありますよね。でも、オンラインでは、その文脈の提示が難しい。フィジカルな場があってこそできる価値を提示することにより、プラットフォームごとストアが移ってきてくれたりもするので。

青木
レコメンデーションやパーソナライズみたいなものをテクノロジーで担う話が増えているけれど、むしろ「カリスマ店員」みたいな感じの人たちのパワーを拡張できるような仕組みを造るべきだと、個人的にはずっと思っているんです。『ガンダム』でいうところのモビルスーツですね。それによって、人間のクリエイティビティが生む影響量の範囲をうまく広げることができる。まさに、そういう方向のお話だなぁ、と。

佐藤
僕らのお客さんは、わかりやすい特徴が3つあるって、社内で挙げているんです。

そのひとつが「自分の目の行き届く範囲で商売したい」という気持ちがあること。たとえば、他のプラットフォーマーさんだと、基本的にはチームを拡大して、売上をアップして、成長できるように提案してくるわけですよね。基本的には「お客さん=最終消費者」なので、店子さん自体もプロダクトの一部なんです。店子さんも含めた「商品」であって、ユーザーの便益だけに集中している。

僕らは「お客さん=ストア」であって、エンドユーザーはあくまでお客様のお客様。そこは全然違います。ストアが「自分の目の行き届く範囲で商売したい」と言うのであれば、それをいかにサポートして、コントロールが出来る範囲を広げてあげられるか。

あとは、技術を通じて、とにかくお商売自体を自動化して、人らしい仕事に集中できるようにしたいです。

青木
以前出ていらっしゃったインタビューで、「現時点で最も成功しているアドテクノロジーはExcelである」とお話されていましたね。あの指摘は、とても面白かった!

佐藤
それはツラすぎるから、もっとソフトウェアで代替していこうっていう考えだったんです。でも、社員や学生に「人らしい仕事って何だと思いますか?」って疑問を投げられると、うまく答えられない自分がいたんです。

技術者という観点でいうと、なんでもそのうち出来るようになると思っています。「クリエイティブな部分は人間が担うべき」と考えたくなりますが、僕が創業に参画したフリークアウトにおいては、クリック率が一番高いバナー広告のクリエイティブって、ソフトウェアが自動的に出力しているものだったりします。それを思うと、「クリエイティブの余地」みたいなものも、実はコンピュータに浸食されている。だからこそ正確に答えづらくて。

それをずっと疑問に思ってきたけれど、今は「人らしい仕事とは、自分がやりたいことをやること」ではないかなと。効率とかは関係なく。ストアの中にも「絶対に梱包だけは自分でやりたい」っていう人、結構いるんです。

青木
あぁ、いますよね。わかります。

佐藤
そう考えると、人間にしか出来ないことって、その意思があることなんですよ。だから、そういうものを支援できる方が良いなって、最近は思っています。

青木
そう考えると、人らしいビジネスって、自分がしてほしいと思うことを核に商品やサービスをつくり、他人がそれが実現できる「権利」をあげることかなと感じました。

そのためには、自分がしてほしいと思うことを、同じように「してほしい」と思っている人を集めることが重要ですね。限定的な人を集める技術も必要でしょう。どちらかと言うと、やはりデマンドサイドよりは、サプライサイドに近い話ですね。いかに、そういう人たちが入りやすい状況をつくっていくのか。

佐藤
まさにそうです。そうなんです。

青木
heyの取り組みで考察が深まり、とても面白かったです。今日はありがとうございました!


インタビュー後、アロハを着させていただき「やっぱりイイ!!」と大喜びの青木でした。

前編「マッチョな競争から降り、「コーポレートブランディング」を楽しむと何が起きるか?