支援や使命感じゃない。「うなぎの寝床」が地域文化をビジネスにする理由──代表・白水高広 インタビュー前編

書き手 編集スタッフ 馬居

写真 中村紀世志

支援や使命感じゃない。「うなぎの寝床」が地域文化をビジネスにする理由──代表・白水高広 インタビュー前編
「最近、もんぺが売れてるらしいよ」

そんな話を聞き、monpe.info というドメインにアクセスすると出てきたのは、いい感じのカップルの写真。ビーチで、空港で、山の中で、二人はとても楽しそうに笑っています。でも、よく見ると、彼らが履いているのは……「もんぺ」。

このもんぺを作り出したのは、「うなぎの寝床」。2012年に九州福岡南部にある筑後地方の良いものを集めた「アンテナショップ」として始まり、その後、久留米絣(くるめかすり)という伝統的な織物をつかった「もんぺ」を全国80店舗以上で扱われるヒット商品に育てました。さらに現在では、地方文化の継承を目的にした動画制作や講演を行うなど、活動は多岐に渡ります。

一体、どんな方たちが作っているのでしょう。古いものを現代風に再提案するバリバリのアートディレクター?でも、メディアに登場する代表の白水高広さんの佇まいは、とても自然。

きっと、地域に根ざした文化を守る熱い使命感を持った方なのだろう。そんな思いで訪ねた「うなぎの寝床」の本拠地・福岡県八女市。しかし、「使命感なんてありませんよ。支援だとも思っていません。」と白水さん。では、一体、なぜ……。

前編では、そんな白水さんが「うなぎの寝床」を立ち上げた経緯、そして、設立から7年経った今、彼らがビジネスにする少し特殊なポジションのお話を。後編では、「もんぺ」ビジネス成功の裏側と今後の展望をお聞きしました。

うなぎの寝床 代表取締役

白水高広

1985年佐賀県小城市生まれ、大分大学工学部福祉環境工学科建築コース卒業。2009年8月厚生労働省の雇用創出事業「九州ちくご元気計画」に関わり2年半プロジェクトの主任推進員として動く。同事業は2011年グッドデザイン賞商工会議所会頭賞を受賞。その後2012年7月にアンテナショップうなぎの寝床を立ち上げるとともに、現在まで地域文化商社として成長させている。他地域・他社のコンサルティングや制作、アドバイス、リサーチなども精力的に行っている。

好きなもの:寝る。食べる。運動する。本読む。

仏壇のデザインの発注を受けたら、まず仏教について調べます。

──「うなぎの寝床」はさまざまなお仕事をされているように思うのですが…

白水
そうですね。もとは筑後地方の商品を集めた「アンテナショップ」を始めて、そのうちにもんぺを作って卸したり、今ではウェブや動画制作など、いろんな地域のいろんなお手伝いをしていて、ちょっと自分たちの役割は何なのかをまとめないとと思っているのですが……、僕らは、自分たちのことを「地域文化商社」です、と言っているんですね。

──「地域文化」を扱う「商社」ですか?

白水
そうです。地域文化に、どうやって商業機能をつけるのか、ということを考える会社です。

商品の流れというものは、

作り手(職人・工場)→伝え手(メーカー)→届け手(小売店)→使い手(消費者)

とありますよね。僕らが仕入れて物を売る場合は「届け手」で、もんぺは「作り手」を担っています。みんなビジネスは、この「作り手」から「使い手」までで考えがちですけど、でも、うちはさらに、作り手以前のことを考えていて。

「もの」は、作り手以前に、資源があってこそですよね。木とか、綿とか、石とかか。そういう資源と作り手が関わり合って「もの」ができている。さらにいうと、その土地の特性というものがあって。海が近いとか山の中だとか。例えばこの辺だと筑後川が近いとか。

そういった、その土地と、もともとこの地に住んでいた人々の関わりが「地域文化」です。その地域文化と僕たち現代人の営みが交わって「もの」ができあがるんです。

僕たちがやっているのは、その「地域文化」を継承するために、商業機能をつくる、というということ。文化的背景を探求してその文化を「もの」にする人と繋げたり、売る人に説明したり。時にはショップとして自分たちで売ることもあるし、メーカーという姿にもなる。そうやって、空いているところをうちが埋めていったら、文化的にも、経済的にも、もっと地域文化が栄えるんじゃないかと考えているんです。

単に商品を作って販売する、ということは、都市部の会社の人がやってくれるので、僕らは価格や機能で勝負するというよりは、各地域がどういう歴史を持っているのかとか、どういう技術を持って、どういう精神性でやっているかという情報の部分を探求して、どう経済に寄与できるのかということを考えているんです。

例えば、仏壇組合から仏壇のデザインを設計するって依頼があったので、今、仏教を調べてるんですね。

──仏壇のデザインしてくださいっていわれて、仏教を調べるところからはじめられるんですね(笑)。

白水
いやいや、仏教における仏壇というものは、なかなかおもしろいんですよ。紀元前500年ぐらいから仏教は始まって……って仏教の話しても仕方がないですね。とにかく、そこから始めます。

「地域のため」じゃない、「僕らのため」のアンテナショップ。

──白水さんが、地域文化をビジネスにしようとされた経緯はどういったものだったのでしょうか。

白水
もともと僕とバイヤーの春口は、大分大学建築学科の同級生でした。卒業後、僕はデザイン専門学校に入ったのですが、すぐに辞めてしまってシェアルームして一緒に住んでいた春口と一緒にデザインコンペに参加したりして、久留米の企業の仕事をしていたんです。そうしたら、「若者が頑張っている!」と西日本新聞さんが取り上げてくれて。

その記事を見た福岡県庁の方が「九州ちくご元気計画」という厚生労働省による、福岡県南・筑後地域の雇用を産むためのプロジェクトに誘ってくださり、働くことになりました。

そもそも、雇用を産むためには、雇う側に元気な産業が必要ですよね。そこで、僕らは、筑後地方の農業、工業、商業、いろんな人たちの商売のお手伝いをすることになりました。

具体的には、地元の農家や漁師さんたちに悩みや問題点を聞いて、料理研究家、建築家、デザイナー、という様々な専門家とマッチングさせたり、勉強会をひたすら開催してみたり。

たとえば、筒井時正玩具花火製造所さんは、すごくクオリティの高い「線香花火」を作りながら、とても安い価格で販売されていました。それでは、作り手も、問屋さんも、売り手も、誰も儲かってない。そこで、なかにわデザインオフィスさんに入っていただき、パッケージを変えて価格を適正にして、さらに流通のシステムをサポートしました。

そうしたら、きちんと利益が出て、ついにはショールームを作ることができるくらいになりまして、今も注目されていますね。

他にも、仕立屋さんと金属加工場とを引き合わせて「カフスボタン」を作ったり。そういうことを、2年半で100件くらい。

──すごい数ですね。その経験をもとに、アンテナショップとして「うなぎの寝床」を作られたんですね。

白水
アンテナショップをしようというよりも、自分たちができることをしようと思ったんです。

「九州ちくご元気計画」プロジェクトが終わった後、春口と二人で何をしようかと考えていて。僕たちは、東京や福岡に販売するルートはたくさん作ったけれど、それを地元でまとめてみることができる場所がなかった。商品の良さや、作り手を紹介する場所もない。ですから、地域のものを集めて発信する「アンテナショップ」が必要だなと思いました。

僕らは建築を学んでいたので、何かを始める前に、まずその地域にどういう機能が足りないのかを考え、それを埋めるものを設置したいという思いがあります。この地域に足りないこと、作り手の方ではできないこと、僕らだからできることと考えた時に「アンテナショップ」をやるべきだと考えました。

まあ、たまたまこの辺りは作り手が多いのでアンテナショップになりましたけど、もし農家が多ければ直売所になったのかもしれないですね。

──アンテナショップを作って、地元産業の支援をされようと。


いや、支援とは考えていなくて。というのも、最初は僕たちも、作り手さんもそういう場所は必要だと共感してくれるのではないかと思っていました。

でも、作り手さんもみんな商売なので、どこから来たかわからないお金がなさそうな坊主の若造二人に対して、そう簡単には乗ってくれない。もちろん単純に「いいね!」と言ってくれる人もいましたけど、売れないとわからない。本当に成り立つの?と半信半疑な作り手さんが多かったのも事実でしょう。

喜んでくれると思ってやったのに、そうじゃないと落ち込むじゃないですか。

──落ち込んでしまったのですか。

白水
はい(笑)。2、3ヶ月やってみて、やっぱり社会的に成立しないと誰も認めてくれないんだということがわかりました。だから、もう、誰のためでもなく、自分たちのために、社会的に作り手に認めてもらうために、アンテナショップとして成果を出さなくては!と腹をくくりました。

──地域をどうこうしようということではなく、その役割ができることだったから、ということですね。

白水
そうです。

「伝統文化」の魅力を深堀り、翻訳して、販売者に伝える。

──動画制作というのは、どんなことをされているのですか。

白水
今は、沖縄の琉球紅型(びんがた)や琉球絣(かすり)、そして赤瓦などという伝統技術の製造工程や作り手のインタビューを英語字幕、日本語字幕をつけて、ひたすらまとめるという記憶的な動画を作っています。

──これは何のどういう仕事になるんですか。

白水
特許庁関係の仕事で、沖縄総合事務局と取り組んでいて「琉球絣」「沖縄赤瓦」というような地域団体商標を持っている団体をPRするプロジェクトです。

もともと、久留米絣のもんぺをきちんと海外にも伝えるために制作過程を動画で公開していたところ、声をかけていただきました。


うなぎの寝床が製作した「もんぺ」の紹介動画

このプロジェクトで僕らが担っているのは、作業工程をアーカイブ化してその文化を保存すること。そして大切なのは、商品を売る人=届け手さんたちが、その商品の魅力を買い手に伝えやすいように翻訳して伝えることです。

──買い手の人に魅力を伝えるというよりも、小売の方々に伝えるということですか。

白水
そうですね。僕らが探求したことを、届け手である小売の方々が売りやすいようにそれぞれに解釈してくれれば。買い手の方というよりも、届け手に伝えようと思っています。

──確かに売る側はそういう情報があると嬉しいですね。そういった探求は、作り手さんにも影響を及ぼしたりしますか?自分が作っている商品には、実はこういう背景があって……などとわかれば、作る意識が変わったりするのではと思うのですが。

白水
うーん。作り手さんっていろんな方がいるんです。

すごくこだわりを持って、そのものが生まれるまでの文脈をきちんと汲んで作っている人もいれば、単純に労働として作っている人もいる。商業として割り切って作っている人もいますし。

僕は、作り手は基本的にあんまり変わらないと思っています。そもそも、人間はそんなにすぐに変わらないと思いますしね。そこに期待は全くしてないです。

──支援と考えない理由が、期待がその通り返って来ないと落ち込むのと同じようなことですか。

白水
そうですね、その気持ちと近いかもしれません。変わることもあるかもしれませんが、期待はしない。

でも、とにかく売れたらみんな作り出すということはわかっています。ですから、僕らは売れるように届け手さんが欲しい情報を発掘して、わかりやすくまとめて発信します。

売れないと成立しない、島国・日本の文化活動。

──2人で始められた「うなぎの寝床」さんも7年経ったでは今では17名の規模まで大きくなられて。白水さんのこの仕事のモチベーションはなんなのでしょうか。伝統文化を残さないと!という使命感のようなものでしょうか。


うなぎの寝床で働くみなさん。ここからさらに2名増えて17名に。(うなぎの寝床提供写真)

白水
使命感はないですね。仕事が楽しい!とか、やりがいがある!とかいう方もいると思いますが。僕は、それもあまりなくて……。

──では、一体、なぜ……

白水
うーん……。一つ言えるのは、日本人に興味がありますね。

先日、オランダに行ってきたんですけど、オランダってものづくりを労働として捉えてるんですよね。ですから、1960年代ころに、クラフト的な領域はアジアの方に移転させていて。だからデザインとソフト面が強かったりして。

でも、一方、日本はこれだけ先進国なのに、伝統工芸やものづくりが残っているっていうのはおもしろいなぁと。宗教も、もともと神道だったりするのに、仏教もがっちゃんこして、神様仏様お願いします!とかわけわからない(笑)。

そんな風に、日本や、そこに住む人間というものに興味はあります。あとは単純に、原理がどうなってるか、というようなことを追求するのが面白いんです。実は、デザイン自体にさほど興味があるわけではなくて、なぜそうなっているのか、というコンテキストが知りたい。

でも、そういうことを調べたりしていても、なかなか生活はできませんからね。社会とコミュニケーションを取るために、経済活動もしていかないといけない。僕らも食っていかないといけませんから。

ただ、伝統文化を続けることが困難な理由のほとんども、その経済的な問題です。

ですから、僕らはその経済的な部分をちゃんとやっていかないといけないと思っています。それが、アンテナショップだったり、メーカーだったり、形は様々ですけど、それによってその土地ごとの特性が担保されていくといいですよね。土地性、人、経済を含んだ物を取り扱うことで循環が生まれていくと考えています。

あと、オランダは、伝統工芸など高いものは「資産」としてみるんですよ。でも、日本人は、高いものでも使いながら大事にするという文化があるんですよね。経済的に成り立ってなんぼというか。

──そうすると、うなぎの寝床さんが地域文化の経済部分を担うということは、日本においてはとても重要な文化的な役割なんですね。

白水
ああ、そう思ってもらえると嬉しいですね。

むやみに地元に溶け込むことよりも、経済的な役割を果たしたい。

──伝統技術と現代の流通、地方と東京、そして海外など、うなぎの寝床さんは「つなげる」ことがとても上手だなと感じます。

白水
色んなことを調べて行くと、その土地の文化や作り手の背景に見える特性がわかってきて、それらが知られてないのは勿体無いんじゃないかなという思いが生まれてきます。自分だけの中にとどめておくのは、勿体無い。これをどこかにつなげてくれる人には伝えたいって。

──調べるから、溜まる。溜まると教えたくなるということですね。何だか、うなぎの寝床さんのコミュニケーションは距離感が独特ですね。中に入り込みすぎず、かといって他人事でもない。

白水
近づきすぎるのは違うと思っていて。ずっと近くに住んでいると、やはりどうしても作り手を好きになりがちだと思うんです。でも、好きになりすぎてしまうと、自分たちの意見が言えなくなってしまう。価格が合わなかった時なんかは、はっきりと言わないといけないし。

それには、ある程度距離感を保って、その上で、一緒に経済的にきちんとまわしていけるシステムをつくらなくてはと思います。とはいえ人間なので、どうしても、関わりあう中で情は生まれますけどね。なるべく客観的に接するように心がけています。

──距離があったほうが客観的にみて売れるものもわかってくると。

白水
そうです。客観的に、別の地域と比べるから、その産地の良さも悪さもわかるはずですから。「この地域でつくられてるから良いんです!!」なんて言われることもよくありますけど、他の土地と比較しないとわからないと思うんですよね。

まあ、実際、僕はこの土地にすごく思い入れがあるかと言われると、そうではないですし。

──え、そうなんですか。

白水
はい。「九州ちくご元気計画」に関わった関係で住んでいただけで。そもそもお店は僕の実家の佐賀でやろうと思っていたんですが、借りようとしていた場所が1週間前に別のところに借りられて……。じゃあ、まあ、今住んでいるところでやろうかとなっただけで。

実は、今、僕の家は佐賀にあるんです。家族は佐賀で過ごして、僕はここには通いで来ています。

──てっきり、地元に溶け込んで、毎晩地域の方とお酒を飲んで、仲良くなって……みたいなことを想像していたんですが。

白水
全くないです。飲み会とか苦手なんですよ(笑)。だから、全然行かないです。飲み会で地域の人と仲良くなろうなんて、考えたこともない…。

──飲みニケーションよりも、経済的に寄与するほうが大切だと。

白水
そうですね。

 

後編「「もんぺ」を半オープンソース化!地域文化ビジネス成功の裏側」では、全国80店舗に卸すまでに拡大した「久留米絣のもんぺ」がどのようにヒット商品になっていったのかを探ります。ぜひご覧ください。

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