世界が谷中に共感?トーキョー生まれの自転車が世界7ヶ国に進出できた理由。トーキョーバイク・金井一郎【後編】

書き手 クラシコム馬居
写真 小倉亜沙子
世界が谷中に共感?トーキョー生まれの自転車が世界7ヶ国に進出できた理由。トーキョーバイク・金井一郎【後編】
東京都台東区谷中に本社を置き、全国200店舗、世界7カ国で展開するトーキョーバイク。どのようにそのブランドを作り上げていったかという前編に続きまして、後編では、海外進出進出についてのお話を伺いました。

パリにもこんな自転車はないんじゃないか?

———最初は海外での販売は全く考えていなかったとのことですが(前編参照)、現在はヨーロッパやアメリカなど、7カ国で直営店を運営されています。海外進出は、どのように進んだのでしょうか。

はじめて5年くらいは、オッシュマンズさんと東急ハンズさんを中心に取り扱ってもらっていたのですが、どちらも海外のお客様も多くて、とても反応が良いという話を聞いていました。そして、私のフランス人の友達もとても気に入ってくれていたんですよね。

ただ、外国、特にフランスなんて、ツール・ド・フランスだったり、自転車の本場というイメージもありますよね。ですから、僕らが進出できるわけがないと思っていました。

でも、最初にトーキョーバイクを思いついたときも、同じ様な商品があるだろうと思っていたけどなかったし、その後も出てこなかったんですよね。だから、海外もひょっとしたら東京と同じで、日常的には自転車を使わないで、車や電車なんかを使う人のほうが多いのかもしれない。

日本のものが一番最初に海外に出てくときは、右も左もわからないのは当たり前ですし、需要があれば、欲しい人がいればなんとかなるかなと割と安易にやってみようと思ったんですよね。

そして、まずはトーキョーバイクを持ってパリに行って、アパートを借りて、1週間住んでみたんです。

そうしたらやっぱり自転車を足として使う人は全然いなくて。でも、持ってきたトーキョーバイクで走ってみると、パリって東京よりもっと狭いので、15分くらいで行きたいところへ行けちゃうし、楽しい。でも、トーキョーバイクのような自転車はない。じゃあ、やってみようと。

———ここなら需要があると思われたんですね。

需要があるというか、パリの人もトーキョーバイクがあれば、生活が楽しくなるなと思ったんですよね。

僕らの客は自転車屋さんにはいない

———どこかのお店から、輸入したいと言われて広がったのではなく、ご自身で実際に街を見て、進出を決められたと。

そうですね。もちろん知り合いの人に相談はしましたけど、右も左もわからない状態からスタートして、地元の自転車屋さんに飛び込みで営業してみたりとか。

———フランスの自転車屋さんに営業ってすごいですね。それで、反応が良かったんですね。

いえ、よくありませんでした(笑)

実は日本でもそうだったんですけど、自転車屋さんの主なお客さんは、当たり前ですけど、今自転車に乗る人で。いわゆる自転車マニアの方を相手に商売をしているんですよね。まあ、メーカーも同じだから、同じような自転車がなかったんですけど。

当時はピストバイクという自転車が流行っていたので、変速ギアがついているトーキョーバイクはダメだとか、とにかく反応はいまいちでした。

それで、自転車屋さんで取り扱ってもらうのは難しい、違うアプローチをしないといけないと思いました。

探さないといけないのは、今、自転車に乗っている人じゃなくて、これからトーキョーバイクに乗って生活が変わる人なんですよね。日本でも、オッシュマンズさんや、東急ハンズさんという自転車専門店じゃない場所で人気が出たわけですし。

じゃあ、そういう人たちはどこにいるだろうと考えていたときに、ミラノに住んでいたトーキョーバイクの写真を撮ってくれているカメラマンさんが「ミラノサローネ」という世界的なデザインショーを紹介してくれて。

———ミラノ!イタリアですね。

インテリアなどが主体のデザインのショーなんですけど、世界中から色々な国の人が集まるんですね。そして、ミラノサローネ本体ではないのですが、その期間中に倉庫街で自転車を5台展示しました。

そうしたら、たくさんの人が見てくださって、今まで見た中で一番美しい自転車だ!なんて言ってくれる人までいましてね。そこで出会った、オーストラリア人とイギリス人が自分の国で売りたいと言ってくれて、そこからがスタートです。

谷中から世界につながる仲間の輪

———パリに行って、ミラノでショーに出して、オーストラリアとイギリスに繋がったんですね。

実は、パリも1軒だけ仲良くなった自転車屋さんがいて。そこも、ピストバイクじゃないと売れないよと言いながらも、まあ、ちょっと置いてみなと言ってくれたので、ショーに出した自転車をそのまま置いていったんです。

そうしたらあっという間に売れちゃって。それで、最後の1台になった時に、次も送ってくれという話になっていたんですけど、そこでパリの行政の人が来て、この自転車は売っちゃダメと言われてしまって。

商品の検査はきちんとしていますし、問題はないはずだったんですけど、シールを貼らないといけないと言われたそうで。でも、その自転車屋さんも、トーキョーバイクを作っているメーカーも、そのシールがどうやって手に入るのかわからなくて。結局数年間、パリでは販売することができなかったんです。

でも、蓋を開けてみたら、自分たちで勝手に規定のシールを作って貼ればいいだけだったんですけどね。

———では、フランスはちょっと足止めを食らってしまったんですね。

そうですね。でも、結果的に、イギリスとオーストラリアから始められたことが、その後の展開にとっては良かったかなと思います。

特に、ロンドンに出したことは大きかったですね。ヨーロッパはもちろん、世界中の人が集まっているので。アメリカのパートナーもロンドンのお店をきっかけに声をかけてくれました。

オーストラリア人のパートナーはシドニーに住んでいたので、最初はシドニーに出したのですが、あまり反応はよくなかったんですよね。でも、彼が、ちょうどその頃にシドニーに移住した日本人といっしょにトーキョーバイクを売るという話だったのですが、その彼は今でも僕らの海外展開を手伝ってくれているので、彼との出会いは大きかったです。

世界が共感したトーキョーバイクの精神

オーストラリアは、1年後にメルボルンにもお店をだして、こちらのほうが反応が良かったので、シドニーの方は閉じました。メルボルンの人はヨーロッパ的な生活というか、程よい暮らしをしていて、その後のヨーロッパでの展開ではとても参考になりましたね。

———ヨーロッパの暮らしの流れにトーキョーバイクがなじんだんですかね?

そうですね。トーキョーバイクを出店しているお店は、やっぱり谷中に通じるところがあって。そもそも最初にパリを目指したのは、谷中は昔からフランス人が多くて、彼らをみていると侘び寂びなんかもわかってくれるし、小さい町や路地を回るのも好きなんですよね。

トーキョーバイクに乗って、ここならと思った街に住む人は、国を超えても、モノや文化に対する思いは同じなんですよね。うちのお客さんは、みんなそういうお客さんなのかなと思っています。

———海外のお客さんはトーキョーバイクに日本らしさ、東京らしさを感じているのでしょうか?

僕は、昔からヨーロッパの車が好きで、中間色で主張しないのにいい色というところだったり、シンプルな形状に影響を受けていたので、デザインはヨーロッパ的だと言われることは多いんですね。

でも、パリなんかだと、トーキョーバイクという名前だけで得してるよ、と言われるくらい、一部の人の間では、東京=洗練されたデザインとイメージを持っているので、そういう方はシンプルなうちのデザインを日本らしいと受け取ってくれているとは思います。

ただ、あくまで僕たちが伝えたいのは、東京らしさというよりも、東京を楽しむための道具ということで。もっというと、東京ですら無くて、街を楽しんでほしいということなんですよね。

僕たちはTOKYO SLOWという言い方をしているのですが、東京は忙しい街だというイメージがありますけど、この谷中のように、東京にもゆっくりした暮らしがあって、そういう暮らしを好む人がいる。トーキョーバイクはそういう人たちものだと思っています。

そんな考えに共感して海外の人達も気に入ってくれているんじゃないかなと思います。

2回目の日本旅行はトーキョーバイクと

———こちらのレンタル店も海外のお客様が多いのですか。

もともとは、国内の観光客にむけて、販売のPRとして週末だけ貸し出していたんですね。それが、少ない台数ではありますが、すぐにはけてしまっていて。じゃあ、レンタルだけで成り立たないかなと。

そう考えたときに、週のうち5日は平日ですし、平日もお客さんを呼ばないといけないよねと。そうすると、曜日関係なくいらっしゃる海外のお客さんをターゲットにしないとということになりました。今は、海外と日本のお客様が半々です。

谷中に来られる海外の方は、いわゆる観光地は既にまわって2周目という方が多いですね。もっとローカルな場所を見たいという方が、谷中を選んでくれているようです。

そういう方にトーキョーバイクに乗ってもらえたら、歩くのとは移動できる距離も違うし、電車とは街の見え方も違う、新しい経験をしてもらえるのではないか、そんな可能性を感じて運営しています。

———このお店、とても素敵ですよね。

ここは、もともと300年前から営まれていた酒屋さんなんです。立て替えたのは80年前で。

こちらの大家さんのご商売がうまくいってこの場所ではなく別の場所に移られて、初めて人に貸してくださったんです。そういう背景があるので、僕らは一時的にこの場所を預かっている身として、その歴史も大切にしたいという思いで、酒屋さんの面影を残した店舗にしているんですよね。カウンターでお酒を飲めるようにして。

———コーヒーだけじゃなく、お酒も飲めるんですね!

お侍さんがお酒を買っていた場所で、お酒を飲めるって、いいでしょ。

———最高の思い出になりますね。

あっ、あと、レンタルのホームページは、東京のシティガイドにしたんですよ。


トーキョーバイク レンタルサイクルのホームページ

決して自転車が最初にあるわけじゃないっていうかね。シティガイドで街を楽しむことを伝えて、それとトーキョーバイクがリンクすれば自転車でいけるんだとなって、そういう逆の入り口から来てほしいなと思うんですよ。

———今後はどんな事を考えていらっしゃいますか。

これからモノを売るのはどんどん大変な時代になりますから、体験を提供していきたいと思いますね。

例えばここだったら、今は自転車を返した人がカウンターでお酒を呑んでくださっていますが、もっと地元の人も呑みに行くような場所になれば、海外の人もいるし、谷中の人もいるし、色んな人がここで楽しい体験ができるなじゃないかなって。そんな思い出の場所で、日本のお土産も買えたら楽しいですよね。



レンタル店には、自転車・コラボ商品だけでなく、お土産に最適な日本各地から集めた食品や文房具などが並ぶ。

———これからも、谷中で?

そうですね。でも実は、家は引っ越したんです。谷中で働いて、谷中で呑んで、谷中で寝てって、ちょっと体に良くないかなと思ったので、でも仕事と食事は譲れないので、家だけはと…。

———谷中で呑むは、譲れないんですね(笑)

これを食べるのに呑まないなんてありえないな、というお店がこの街は多すぎるんですよ。クラシコムジャーナルさんで取り上げてほしい素敵なお店もたくさんありますよ。

———この取材ですっかり谷中のとりこになってしまいました。ぜひご紹介いただきたいです。

素敵な方、いっぱいいますよ。後で教えますね。


終始、笑顔でお話いただいたきんちゃんこと、金井社長でした。


おみやげにオリジナルサコッシュをいただきました。チケットなどを保存できるポケット付きのメモ帳や、近所のMAPが入を入れて、レンタルを利用した人へ配られるそう。

 

前編:谷中のきんちゃん発=3 全国200店舗で展開する自転車の一貫したブランドづくり