2018.02.21

「気仙沼ニッティング」はイタリア的?唯一無二のブランド力を解析!気仙沼ニッティング 御手洗瑞子×クラシコム 青木耕平対談 前編

書き手 長谷川 賢人
写真 長谷川 賢人
「気仙沼ニッティング」はイタリア的?唯一無二のブランド力を解析!気仙沼ニッティング 御手洗瑞子×クラシコム 青木耕平対談 前編
東日本大震災により、大きな被害を受けた宮城県気仙沼市。津波や火災であらゆるものを失ってしまった跡地からスタートし、今、注目を浴びる企業があります。

気仙沼を拠点とする「気仙沼ニッティング」は、地元の女性たちが「編み手」となり、手編みのセーターやカーディガンを制作、販売しています。

2012年6月に糸井重里さん率いる「ほぼ日刊イトイ新聞」の震災支援プロジェクトとして始まり、2013年6月に株式会社として独立。現在はスタッフ3名、編み手は60人ほどとなり、全国からのオーダーに応えています。



束ねるのは、御手洗瑞子さんです。大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、ブータン政府の初代首相フェローに就任。ヒマラヤの小国がたくましく自立していく様を肌で感じた御手洗さんは、「その地域の人々が自立して稼いでいけるような仕事をつくる」ことの大切さを肌で感じ、気仙沼ニッティングでもその「あり方」を模索しています。

今回は、実際にセーターを愛用しているクラシコム代表の青木が、かねてより着目していた「あり方」について、御手洗さんに直接伺う機会を得ました。海を見晴らせる高台にある、気仙沼ニッティングのお店「メモリーズ」にて、さまざまに語られた2時間。

その成り立ちや歩み、お互いの経営観、そして気仙沼ニッティングが人々から愛される理由……手探りをしながらのトークから編み上がったのは、これからのビジネスを考えるために見過ごせない、“仮想通貨”的なる着想でした。

制約があるからこそ生まれた、気仙沼ニッティング

御手洗
震災後の気仙沼は建物の多くも流されてしまっていました。まずは「その状況でも始められること」を考えなければいけない制約がありました。

糸井重里さんの「ほぼ日」であったり、ニットデザイナーの三國万里子さんが手伝ってくださったりしたのも大きいですが、気仙沼は漁師町で編み物をできる人が多かったこと、編み物であれば毛糸と編み針さえあればどこでもできることが、気仙沼ニッティングが生まれた前提にある背景でした。

青木
事業の分野にもよりますが、IT産業では建物や装置など「自社で持たなければいけない”ストック”」が減り、さまざまなものがフロー化しています。気仙沼ニッティングさんの場合は狙ったわけではないにしろ、制約を突き詰めたらフローな事業になったんですね。

御手洗
そうです、そうです。

そして、いまの時代に対して、オルタナティブなものを提唱したかったというわけでもないんです。

「編み物」というものは、手間ひまがかかります。その仕事をしてくれる人にきちんとした対価を払おうと思ったら、価格も高く設定しないといけません。何もない気仙沼で始めた編み物だけれど、思い切りハイブランドにしないと成立しませんでした。だからこそ、クオリティを追求することになりました。

ただ、反響は想定以上だと思います。現在でもオーダーは280人待ちになっていますから。

青木
商品やブランドに関する全体的なクリエイティブは御手洗さんが見ているんですか?

御手洗
商品のデザインは三國万里子さん、ウェブなどは山形のアカオニさんというデザイン会社さんにお願いしています。私は、全体を見ている感じです。商品の名付けは、「etude(エチュード)」は糸井さんですが、「Me(ミー)」は私でした。

青木
最初の企画段階で、購買層のペルソナは意識しましたか?

御手洗
そんな!いないです。だって、最初につくれた「MM01」は4着ですよ(笑)。

青木
気仙沼ニッティングさんの商品が高価なことを説明するファクトを色々考えていくと、「手編み」なだけでなく、ロゴやパッケージといったクリエイティブの力が大きいなぁと思ったんですよね。

民芸のベースラインや手仕事なところがありつつも、クリエイティブを詰める作業をするのに、ペルソナがないとしても、どういう人に対して届けるのかという意識はあったのかな、と。

御手洗
そこはかなり、私たちの「趣味」だと思います。

青木
なるほど。自分が好きだから、みたいな。

御手洗
そうですね。あと「こういうのはやだな」というのもあります。たとえば、「生あたたかすぎる」とか。手編みのニットというのはそれだけで、あたたかいものなイメージです。それが過剰だと、私はちょっと着にくい。むしろそこは、手編みだけどどこかクールかっこいい方が、いいなと思います。その気持ちは、いろんなところに表れているかもしれません。たとえば、商品写真とか。

青木
プロダクト自体も、最新作の「Me」から、より「硬質」に寄った商品になってきましたよね。

御手洗
そうかもしれません。やっぱり最初のうちは、気仙沼ニッティングの看板になるような商品を、という気持ちもありました。でも同時に、着る人にとっては、シンプルなものは着やすいです。そろそろシンプルなものを出しても大丈夫かな、と思えるところまで来られたのかもしれません。

セカンドモデルの「エチュード」のときから、青系の色がメインで出ていたのも、青木さんがおっしゃった「硬質」なイメージにつながっているのかもしれません。ここで毎日海を眺めていると、海の青ってきれいだなぁと日々思いますし、そうすると、自然と発想する色が青系になったというだけなのですけど。

青木
それはクラシコムとしても共通するところなのですが、何かをやるときにペルソナで見ずに、「自分が欲しいものだったら、自分に似た人は好きじゃないか」と考えたわけですね。少なくとも欲しい人が0人ではないから、みんながどんなものを好きかと考えるよりは、実は一定層の支持があるのではないか、という。

世界も、日本も、企業は「イタリア化」していく

青木
それから、気仙沼ニッティングさんのことを見るのに、いい比較対象となると思うのがイタリアで。僕はイタリアのマネジメントに最近すごく興味があるのですが、イタリア人って勝手なイメージで「勤勉に働かない」なんて言われていることがあるじゃないですか(笑)。でも、真面目に調べていくと結構すごい。

御手洗
青木さんがFacebookにそのことを書いていらして、興味を持ち、私もいま『イタリア式ブランドビジネスの育て方』という本を読んでいます。青木さん、読んだことあります?

青木
いや、まだです……(といって本をめくる)……うん、たぶん、書かれている問題意識としては同じ方向性ですね。

青木
僕がイタリアになぜ興味を持ったかというと、世界はイタリア化すると思っているんです。

御手洗
どんなところから、そう思ったのですか?

青木
僕はもともと古代ギリシャから近代までのヨーロッパ史学に興味があり、時代としては中世が好きで。なぜ中世かというと、非常に厳しい世界観の中で生き残ってきたからです。

イタリアは通商や産業の政策が安定せず、大きな産業を育てにくい土壌があるように思います。理不尽な変化があらゆるところで起こる可能性があるので、企業側も会社を大きくして動きが緩慢になることにリスクを感じて、事業規模を大きくしようというモチベーションが持ちにくかったり。

ただ、科学的に経営して「企業を大きくする」ためには、起こりうる変数を固定できないと難しくなります。変わらないという土台があるからこそPDCA的アプローチができるわけです。

御手洗
不確実性が増す中でも、変数を固定できる分野が多いほど、大きくしやすいんですね。

青木
でも、イタリアは中世以降の政治や行政が現代に至るまで流動的で、「ここは安心」と固定できる変数が少ない状況が続いています。変数が多く、不確実性が高すぎて、むしろセンスや美意識で非連続な意思決定をしてしまった方が精度が高くることも多くなったんじゃないかと思うんです。それをアメリカっぽいビジネスの観点、たとえば「PDCA」のような世界観で経営するのはとても難しい。

一方で日本は、政治や行政に非効率さはあっても堅牢で安定性はある。そこでビジネスをする者にとっては、安定した土台が提供されていたからこそ、科学的な経営が成り立ってきたと思うのです。

しかし、世界全体の不確実性が高まる中、あらゆる部分において日本でも「何が起こるかわからない」状況に直面して、イタリアの企業のように変数が多すぎて科学的に経営しにくくなるのではないかと。そういう状況にフィットした「イタリア的ビジネス」の形が、気仙沼ニッティングさんのビジネスにもあるのではないかと考えたんです。

御手洗
なるほど。いまふと思ったのが、もしかしてイタリアの方たちが得意なことは、たまたま「スケールメリットが働かないこと」だったのかもしれない、ということです。たとえば、スケールメリットの観点から小売業を考えると、規模が大きいからといって営業利益率が高いわけでもありませんよね。

最近は郊外に必ずといっていいほどあるような多店舗型のスーパーマーケットと、各地域に根付いたスーパーマーケットなら、後者の方が営業利益率が高いこともあります。つまり、スーパーという業態で、必ずしもスケールメリットが働いてないということです。

小売の場合には、規模を大きくした場合、商品調達の掛け率交渉などで有利性があったけれど、大きくなるほど調達は一元化していくので、地域ごとのニーズに対応しにくいというデメリットも生まれます。規模を大きくする場合にはメリットとデメリットがあり、どちらがいいかは、環境によっても違うのでしょう。

私はいまの仕事で、毛糸の染色も見ているのですが、小さい染め屋さんがいい仕事をしてくれることが多いのです。きれいな色を出すというのは、とても繊細で難しいことなのだなと、学びました。高性能の検色機を使っていても、色がずれることがよくあります。最後は目視で調整していかないと、「わぁ!」と感動するようなきれいな色ってなかなか出ないものだと感じます。職人芸の世界というか。大きな会社だと、ひとつひとつの糸の色をそこまで丁寧に見るのが難しくなることもあります。

そういう、センスも関わる繊細な領域だと、必ずしも会社を大きくした方がいいわけでもないのだろうと思います。イタリアの人たちが得意なことが、たまたまそういう領域のことが多かった、ということもあるのかもなと思いました。

青木
地域に強いスーパーをサスティナビリティの観点で見ると、営業利益は低くても、「企業として長持ちする」といった観点があるから大きくしようとする面もあるのでしょうね。

御手洗
ただ、大きくするから長持ちする、というわけでもないのでは?と思っています。私は日本の「老舗」と呼ばれる企業の経営に興味があるのですが、世襲の老舗企業においては、自分の子どもが次の社長に就くから、問題を後回しにしないようにするみたいです。自分の代で短期的な利益を追求して、その結果次の代で困ってしまう、というようなことはしない。その発想が連なるからこそ長持ちするのかなぁと思います。

青木
そうか、負の遺産が大きすぎると改革も難しくなることを考えると、小さいからこそ問題を後回しにせず解決できるという部分はありそうですね。

「世界で最も希少な資源」って?

青木
僕は「普通の人で構成した組織で成果を出したい」という野心があります。その理想が、スタジオジブリの映画『もののけ姫』に出てくる「たたら場」であったり、『紅の豚』のピッコロ社だったりします。そのためには、そこで働く人たちの心の安定性や身分が担保されていることがパフォーマンスには大切になってくると思う。

御手洗
その気持ち、わかります。気仙沼ニッティングは、まさに「たたら場」みたいなものなんです。編み手さんたちが、わいわい仕事をしていて。

でも、それぞれの編み手さんが、自宅で自分のペースで仕事ができるよう、出来高制にしていますから、終身雇用のような身分保証とは違います。

気仙沼の編み手さんたちの場合、「親の介護が必要」とか「娘が出産のために帰ってくる」など、ペースを落としたいこともあれば、「家を再建したばかりだから、ローンもあるし、たくさん編みたい」という事情もあったりするのです。

なので、それぞれの状況にあわせて自分のペースでできるように、いまの仕事の形にしています。そして、そういう編み手さんたちの状況変化を吸収できるようにするためにも、よく新しい人を迎え入れて、編み手さんを増やしています。

青木
結果的にはフレッシュさが保たれているということですよね。

御手洗
そうかもしれません。逆に言えば、編み手さんたちは自由に、頑張ったり休んだり、出たり入ったりするので、「あれ?今月はなんか編み会にくる人少ないな」ということもあります(笑)。

青木
そういう意味では、クリアするのが無理と思えるようなゲームをやっているのに近いのだけれど、その「無理ゲー」っぽさが苦ではなくやれているんでしょうね(笑)。

とはいえ、新しい人が入る良さはさまざまあります。クラシコムにとっては広告事業がそれに当たるのですが、「新しいもの」が生まれてくるのって、新しい人が入ってきたときなんです。ドラマや映画でいえば、俳優をキャスティングしてから脚本をつくる「当て書き」という手法と一緒です。

僕は経営者としての「当て書き」タイプで、最初から壮大な計画があるのではなく、入ってくる社員に合わせて事業を考えるんですね。僕としては動機付けがないから、人が入ってくれないとなんとも思いつかない(笑)。

御手洗
規模だけでなく、違う事業も立ち上げる目的があるんですね。私、いま聴きながら、青木さんが抱える課題は別のところにあると思いました。

青木
えっ、なんですか! ぜひ教えてください。

御手洗
「北欧、暮らしの道具店」がここまで立ち上がり、いまのメンバーで事業としては問題なくまわる。でも、青木さんはこれだけをずっとやっていると飽きてしまうと感じているのではないでしょうか。

青木
あぁ、まさに、ここ2年くらいの僕ですね……(笑)。

御手洗
経営としてはしっかり利益も出せて、少々のことがあっても動じないけれど、青木さんご自身の知的好奇心やエネルギーが満たされないのかなぁ、と。

最適化されているメンバーで、最適化された事業を進めるだけでなく、青木さんの強い好奇心のもとで「何をやるかはまだわからないけれど別の事業のために採用する」ようにして、次の10年をつくっていくお仕事をされているのかなぁと。経営者にとって、自分がいつも仕事に夢中でいられるように、自分が飽きない工夫を仕事に埋め込んでいくことは大切なことだと思います。

青木
ほんと、それは超重要です……超重要ですよ!(笑)。

僕は世界で最も希少な資源ってモチベーションだと思うんです。あるいは「動機」という言い方が良いかもしれない。まず、動機がある人って極端に少ない。それは「ちょっとやりたい」くらいじゃなくて、「やる以上はやりきりたい。止められるほうがツラい」というくらいに本物の気概がある人です。あとに必要となる資源はどうとでもなるから、動機さえあればいい。

経営者にとって動機だけは他のもので代替できない。その中でも僕としては「事業が難しくなっていく」のが好きなところはあるんです。規模が大きくなっていくことで非効率を抱えていくとはわかっていながらも、それが成し遂げられたらすごいんじゃないか?というような発想ですね(笑)。

 

後編ではさらに、気仙沼ニッティングが愛される理由を昨今話題の「仮想通貨」の発想で紐解きます。
後編:全世代から愛される理由は仮想通貨を発行しているから?

PROFILE
株式会社気仙沼ニッティング 代表取締役社長
御手洗瑞子
1985年、東京生まれ。東京大学経済学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年9月より1年間、ブータン政府に初代首相フェローとして勤め、産業育成に従事。東日本大震災後の2012年、宮城県気仙沼市にて、高品質の手編みセーターやカーディガンを届ける「気仙沼ニッティング」の事業を起ち上げる。2013年に法人化し、現職。著書に『ブータン、これでいいのだ』(新潮社)、『気仙沼ニッティング物語〜いいものを編む会社〜』(新潮社)。好きなものは、温泉と日なたとおいしい和食。