世直しの一丁目一番地は「食」。現場と食卓をひとつにする挑戦。『東北食べる通信』編集長 高橋博之さんインタビュー【前編】

書き手 小野民
写真 鍵岡龍門(5、6、8枚目以外)
世直しの一丁目一番地は「食」。現場と食卓をひとつにする挑戦。『東北食べる通信』編集長 高橋博之さんインタビュー【前編】
どんなことにおいても、「はじめて」には価値があるはず。もちろん、同時に困難も伴いますが、はじめての道を歩む試行錯誤には、多くのヒントが隠されています。

今回、お話をうかがうのは、世界ではじめての「食べもの付き月刊情報誌」である『東北食べる通信』を、2013年夏に創刊した元岩手県議会議員の高橋博之さんです。

そんなのあり!?と驚きをもって世の中に受け止められた雑誌は、翌年にはグッドデザイン賞大賞の次点である金賞を受賞。これまで誰も挑戦しなかった形態は、「世なおしは、食なおし」のメッセージとともに共感を呼び、全国に広がっていきました。

「生産者」と雑誌の「読者」の距離を縮めることには成功した高橋さん。いま目指すのは、より広い「みんな」と「生産者」をつなぐこと。

政治家であり曲がったことが大嫌いな世直し人は、なぜビジネスの世界に身を投じることになったのでしょうか。

政治家をやめて、玉虫色の解答を捨てる

──唯一無二の生業というテーマで、ユニークな経歴や働きかたをされている方にお話をうかがっています。

高橋さんは、岩手県議会議員も務め、岩手県知事も目指されました。でも、落選した後は自分でプロジェクトを立ち上げています。ビジネスマンから政治家は珍しくないけれど、政治家から起業家ってあまり聞きません。

高橋
政治家をやめて起業しようと思ったのは、単純に選挙に落ちたからです。県議をやめて目指した岩手県知事選に当選していたら、今、知事をやっているはずですからね。

あとは、東日本大震災がなかったら、だらだら県議をやっていたと思います。でも現場で矢面に立って、リスク負って体動かしてやっている人たちを見たときに、自分が口だけだなって常に思うようになっていたのも事実です。

現場でやってる人たちに対する後ろめたさっていうのかな……。ぷらぷら現場を視察に行くだけで、あとは議会に行って質問してくるだけになっちゃう。しかも議会では若手で、新しいことを提案するから嫌われていました。

だからトップになってやろうとしてダメだったわけですが、結局政治家だったときも、今もやっていることは変わらないんです。政治から事業に手段を変えただけで、目的は一切変わってないです。

──手段は変わったけど、目的は変わってない。「目的」は、端的に言うと何ですか。

高橋
うーん、それが端的にはなかなか言えないんですが……やっぱり世なおしですね。それはずっと一貫してありますね。

──特になおしたいのが、主に漁業や農業だから、一次産業にまつわる事業をされているんですね。

高橋
うーん、一次産業にテコ入れすること自体が目的なのではなくて、とにかく理不尽なことだとか、矛盾が嫌いな性格なんですよ。それはやはり姉の影響が大きいです。姉が知的障害者だという理由で疎外されるのをずっと目の当たりにしていましたから。

理不尽だと感じることのひとつに、生産者の立場があったんです。僕らの代わりに食べ物を育ててくれているのに、生産者は「食べていけない」と言っています。

東日本大震災を経て、知事選に挑戦するために岩手をまわっているときに出会った人のなかに、たまたま一次産業に携わる人が多かったのかもしれません。

「NPO法人 東北開墾」を立ち上げて、それまでなかった「食べ物付きの雑誌」だったこともあり、ここ2,3年取材を受けることも増えましたが、振り返って動機を話すと、どうも美化できてしまいます(笑)。


「食べる通信」では、つくり手を特集した雑誌と、その人がつくる旬の食べものが届く。

よくよく考えてみれば、そのつど必死で目の前のことやってるだけなんです。「気づいたらこうなっていた」としか正確には言えない。だから僕自身の5年後、10年後だとか全然考えてないんですよ。未来のビジョンは構想して、発信したいと思ってるんですけど、自分自身はとにかく今目の前のこと一生懸命やることしかできていないです。

──NPOを立ち上げて、「代表」という立場にもなり、どういうところに政治との違いを感じますか。

高橋
政治は民主的にやれば、賛成、反対、いろんなひとの意見を聞かないといけないので、出てくる結論はどうしても玉虫色になりがちです。だけど、税金が投入されるから一気に社会を変えられる可能性もある。

民間の事業は、大きな規模で展開するのは難しい代わりに、一点突破できるのが魅力。「この指止まれ」で、「共感した人は投資してください」、「サービスを使ってください」と呼びかけられる。

どっちがいい悪いじゃなくて、それぞれの長所や特徴がありますよね。自分で事業をやってみて感じた政治との違いは、極端な話ですが、反対する人の意見を聞かなくていいことと、成果が出るスピードの速さでした。

「食べものと物語はセット」が自然なかたち

高橋
食は人間が生きていく基本なので、世の中を大きく変える「一丁目一番地」になる確信があったのは確かです。循環する世界の豊かさをみんなが実感できれば、これ以上自然や発展途上国、一次産業の人たちから搾取する必要もない。

農業や漁業には、右肩上がりの豊かさってもともとなくて、とり過ぎれば必ず次の年しっペ返しをくらうから、循環型の世界が基本。だから、農家や漁家たちと交わることによって、僕らは学べるんですよね。それぞれの現場に、ヒントがたくさんあると思うんです。

──確かに、そうですよね。私も農家の友達と話す機会が最近多くて、自然災害について前より無頓着でいられなくなりました。

高橋
今さら、「みんな森に帰れ」なんて極端なことは言えないし、僕だって帰る気はない。都市はみんな大好きだし魅力的なんですよ。でもこのままさらに発展していくっていうのは非現実的だし、これ以上自然から離れるのは危険だと考えています。

都市の中で自然と接続できる方法が、食べること。食べものを「自然が育んだ命」として見て、自分は自然の一部だと意識を持てれば、自然環境に対して鈍感にならずにいられんじゃないかと思うんです。

自然と都市が分断され、食べ物も工業製品のように自然と切り離されて扱われると、やっぱり環境汚染とか温暖化にも人間は鈍感になっていくと思うんです。だから繋がることが大事で、その接点をつくるために『東北食べる通信』はできました。

現在は、送料込みで2580円。生産者の物語と共に届く食材のほか、「おかわり・増量」という追加注文メニューも用意している。

──『東北食べる通信』は、月刊で発行していて、定期購読している人が1000人以上いるんですよね。これまでにどんな食材を取り上げましたか。

高橋
創刊号は完熟牡蠣でした。あとは、山菜のわらび、鶏、ホタテや海苔など、毎号かなりバラエティに富んだラインナップですね。生産者の物語がしっかりあって、かつ1500人分まで対応できる量を確保しなくてはいけません。育つ段階から取材の準備をすすめるのも大変です。

さらに、収穫や漁は自然相手で思い通りにいかないことも。発送がなかなできないこともありますが、そういう事情も込みで読者が待ってくれているのはありがたいです。フェイスブックでグループを作って生産者と交流したり、購入した人が実際に現場を訪ねるなんてことも込みの「食べる通信」なんです。

生産者と読者の交流の様子

──私も購読していたことがあるのですが、印象に残っているのはワカメですね。一本丸ごとのワカメなんて見たことがなかったし、それぞれの部位の調理を変えて、食べ比べるのもおもしろかった。しゃぶしゃぶをして、さぁっと鮮やかな緑色に変わるわかめを見て、家族みんな歓声をあげましたよ。

「食べる通信」を広告として使う

──食べる通信は、全国に広がっていますよね。今、どのくらい発行されていますか?

高橋
「食べる通信リーグ」に加盟している雑誌は、全国で39あります。値段や発行の頻度や部数も、それぞれ全然違います。

──最近、私が住む山梨でも、『やまなし食べる通信』が創刊されたのですが、200人の読者限定だそうです。規模は大体そのくらいが多いですか。

高橋
一番読者が多いのは、『東北食べる通信』ですが、『高校生が伝えるふくしま食べる通信』は読者800人と多いですよ。やっぱり応援したくなるじゃないですか。『北海道食べる通信』も700〜800人の読者に届けていて、あとは300〜400人の読者規模が多いです。

僕は台湾、韓国、中国などアジアから呼ばれることが多いんですよ。「『東北食べる通信』みたいなものを作りたい」って熱い想いをぶつけられるんです。実際に、台湾では5つのチームが創刊準備中。「これは大変だよ、儲からないよ」って言っても、「それでも、生産者と都市生活者をつながなくては」っていう危機感を持っているんですね。

今、社会に最も必要とされているのはきれいごとなのかもしれません。ただ、『東北食べる通信』の部数も一時期より減りましたし、足下の数字がなかなかついてこないのは、僕らの大きな課題です。

──実は私も、地元の「食べる通信」をやってみたいと思ったことが過去にありました。あれこれ考えて一歩踏み出せなかったけれど、こういう取り組みは大事だから支持も受けるし、やりたいという人がたくさんいるんだと思います。

高橋
小野さん1人でやるのは、やめておいて良かったと思います(笑)。やはり仲間を巻き込んで立ち上がったチームの方がうまくいくケースが多いです。

『東北食べる通信』は、NPOのメイン事業としてやっているけれど、多くのところは宣伝広告費だと思ってやっているところが多いです。他は基本的に本業を持ってる人たちが多くて、社内事業として立ち上げてやっていて、採算取るために読者を増やさなくても、誌面はクオリティーが高い。

いろんな編集長と話していて気付いたことがあって、結局、食べる通信を始めて「あなたの会社って素晴らしいことやってるね」と見られることで、本業の仕事が増えていくのがいいビジネスモデルなようです。

──印刷会社がやっていて、「美しい印刷だね」とか、編集プロダクションがやっていて「いい記事書くね」とか、それは広告になりますね。

高橋
そうなんです。すごくブランディングになって、本業の量も増えるし、あと質も変わっていくそうです。むしろ食べる通信の方は赤字でよくて、生産と消費を繋げる理念の元にやってるんだと広める。そうすると本業のクオリティも相乗効果で上がっていくそうです。

ただ『東北食べる通信』には旗振り役としての責任がありますから、これからの目標は、「きれいごとで食べていく」ってことです。

一方で、食べる通信って分かりやすい「いいこと」なのでみんな反対しないけれど、規模に限界があります。数百人の消費者と何人かの生産者のコミュニティーは作れるんだけれど、これじゃあ社会は変わらないですね。

ガチで資本主義の本丸で戦わなきゃ、世の中は変えられない。投資家から投資もいただいて、あるいは上場すれば株主がたくさんいて、いろんな人たちに応援してもらって、何十万、何百万人の人が使えるサービスを作れば、社会のインパクトとしては大きい。そんな想いで昨年始めたのが、ポケットマルシェ、通称ポケマルです。

後編では、高橋さんが代表を務める株式会社ポケットマルシェのサービスについてうかがっていきます。
後編「農家も漁師も、そして自分も。今、ビジネスマンとして歩き出す。

PROFILE
『東北食べる通信』編集長、株式会社ポケットマルシェ代表、一般社団法人日本食べる通信リーグ 代表理事
高橋博之
1974年、岩手県花巻市生まれ。2006年、岩手県議会議員補欠選挙に無所属で立候補し初当選。2011年、岩手県知事選に出馬するも次点で落選。その後、2013年に特定非営利活動法人「東北開墾」を立ち上げ、食べ物つき情報誌『東北食べる通信』編集長に就任。2014年度グッドデザイン金賞受賞。2016年、日本サービス大賞(地方創生大臣賞)受賞。同年夏、「一次産業を情報産業に変える」をコンセプトに、農家や漁師から直接、旬の食材を購入できるスマホアプリ「ポケットマルシェ」サービス開始。

好きなこと:早池峰神楽鑑賞、山登り、赤提灯の店のカウンターでひとり飲み、母親がつくったカレー、理不尽な世の中を正すこと