努力は禁止!大人が楽しんでいる姿こそエンターテインメントになる。「デイリーポータルZ」林雄司×「北欧、暮らしの道具店」青木耕平 対談後編

書き手 長谷川 賢人

努力は禁止!大人が楽しんでいる姿こそエンターテインメントになる。「デイリーポータルZ」林雄司×「北欧、暮らしの道具店」青木耕平 対談後編
人気ウェブメディア「デイリーポータルZ」編集長の林雄司さんを迎えた対談、後編です。テーマは「長く続くメディアの条件」。

前編では、デイリーポータルZ(以下、DPZ)の成り立ちをきっかけに、コンテンツの作られ方や考え方を伺いました。後編はDPZと北欧、暮らしの道具店の共通点や、メディア運営のスタンスについて、話題はさらに展開していきます。

「ラジオっぽいメディア」が長く続けやすい理由

青木
DPZには個性的なライターや編集者がたくさんいらっしゃいますが、どのように採用しているのですか?


ライターに関しては投稿コーナーの応募者と、年に1回の「新人賞」で選んでいます。編集者は5名いて全員ニフティの社員なんですが、もともとライターだった人を登用してるんですよ。

気心が知れて、会社員経験や社会性があって、ちゃんと伝票とか書けそうな(笑)。入社してもらうと「なんかうちの会社にまた変なのが入ってきたぞ」と見られがちなので、そうはならなそうな人を……。

社員の第1号は古賀及子ですね。2008年にニフティが事業を増やそうとしていたところで、社員を増やしても良い波が来たので3人入れました。あとはアルバイトでいた2人を、事あるごとに「社員にしましょうよ」って決裁者にささやいて。

青木
ということは、DPZチームとして見れば、すでに10年近く続いているわけですね。クラシコムもすこし似ていて、経営は僕と妹の佐藤の2人で変わらず、社員もほとんど元お客さまからしか採用していません。


一旦仲良くなると仕事が早いですもんね。

青木
そうなんですよ。コミュニケーションも変な気を使わなくていいですし。どうやらDPZにしろ、クラシコムにしろ、そもそも「合う人」が入ってくる仕組みがあるといえそうです。

ラジオの投稿ハガキ職人が構成作家になる的な出世コースにも近いというか。お互いに、もともとがラジオっぽいメディアなんですよね。


あぁ、「ラジオっぽい」は、DPZもよく言われます。ラジオ関係の方から以前に教わったのですが、ラジオは「お聞きのみなさん」ではなく「お聞きのあなた」と言うそうです。

「ラジオはキャラクターだ」とも聞きますが、“1人対大勢”というブロードキャストではない、“1対1”の感覚がある。DPZを読んでいる人もそうなんじゃないでしょうか。

青木
面白いです。現実的にはブロードキャストなのに、“1対1”の感覚を出していくんですね。

片や、SNSの普及により、個別のユーザーさんとそれぞれ本当に”1対1”のコミュニケーションをやっていこうという方法論もあります。

つまり、実際には“1人対大勢”なのに、本当に“1対1”のコミュニケーションを実践するほうが良いのではという考え方の方法論です。でも、僕はそこにかなりの頑張りが必要になってしまうと、面白さにはつながらない気がしていて……。


あぁ、Twitterで全部にリプライを返すみたいなことですか。

青木
そうです。仮に1000人とか10000人にいる相手に対して、本当に1対1のコミュニケーションをするのは……なぜ懐疑的かというと、その行動を人間がしているからです。一人の人が本当に心を込めて楽しくコミュニケーションできる量って、やっぱり限界があると思うんです。

たとえ道具がどんなに進化しても「心」は昔のままなので、時間的にできる、物理的にできることであっても、やっぱり限界を超えると心が苦しくなることもあるんじゃないかと思うわけです。

でも、ラジオはそれをせずに、“1対1”のコミュニケーションができてるような満足感が双方にあるような気がしていて。


良い仕組みですよね。うん、あの仕組みはいいですよねぇ。

青木
発信側はペルソナを思い描きつつパーソナルな雰囲気で伝えていたら、みんなが勝手にパーソナルだと思ってくれるという(笑)。長くやるには、どこかで楽にやる仕組みがいるのではないでしょうか。


加えていえば、DPZってペルソナすら全然設定してないんです。意外に女性の割合がいて、今はちょっと減ったんですけど、なぜ多いのかはわかっていない。そもそも女性向けではないけど、かといって男性向けに書いているわけでもない。だから対象読者は全年齢、全国民で、文字が読めればOKという(笑)。

たぶん、DPZって年を取っても好きな人はいるし、全世代にわたって好き嫌いのある人が分かれるメディアなので。

「ふざける大人」が集うDPZはサザエさんなのか?

青木
もし、僕がティーンエイジャーのときにDPZがあったとしたら、きっとこう思うはずなんです。「大人がふざけてくれると、すごく救われるな」って。

これはティーンエイジャーだった僕がラジオを聴いていた時に得たマインドなんですけど、「ふざける大人」って身近に出てこないんですよ。今はテレビもあんまりふざけられないですし、そういう大人を観られる機会が案外ないんですよね。


ふざける大人かぁ。それは、そうですね(笑)。

青木
「極端な大人」や「過激な大人」を見る機会は結構あるんです。それこそ政治の情勢に目を配ればすぐ見つかる。でも、「ふざける大人」はいないのに、15歳くらいまでは男子ってふざけてしかいないんですよ(笑)。

自分を取り巻く友達との世界はふざけてしかいなくて、真面目な話する力がまだ養えていない。だから、ふざけている大人を見ると救われた気持ちになったんです。


DPZでウケる記事って「楽しんでいる姿」なんですよ。大人が缶ぽっくりやって笑っているのとかすごく評判がいい。笑っている姿、人が楽しんでいる様子って意外にみんな好きで、エンターテインメントとして面白いんだなって。

青木
それってきっと、すごく難しいことです。缶ぽっくりで楽しんでいる大人にはセンセーショナル性が全くありませんから、それを「楽しい」と捉えられているDPZのようなコンテンツプロバイダーはそもそも存在しにくい。自虐っぽい方向ならよくあるんですが。


あぁ、安易に自虐的でかわいそうな感じは、全然ウケないからやめてくれって言います。

青木
そのチャンネルに求められているキャラクターみたいなものがあるとして、DPZはそういう気持ちになりたくないんでしょうね。DPZを訪れる読者は、日曜夕方に放送している『サザエさん』を見るみたいな意思決定をしているのかもしれない。

全年齢が見るのもそうですし、『サザエさん』を見るときの大人の自分って、だいたい明日の仕事や何かから、ちょっと逃げたい時だったり。でもそこで過激なこと……それこそ波平さんのスキャンダルネタを見せられてもイヤな気分じゃないですか。


「過激だから面白い」というようにイコールではないですよね。「過激」「下品」「危ない」とかって、DPZではあんまりないですけど、ネットではみんな普通に間違える。「過激なことをやるぞ!」となると、過激さにばかり気がいってちゃって、しかも過激なだけだから面白くもないという。

青木
むしろかわいそうな感じになってしまったり。


ただ下品なだけとか。そこに落とし穴がありますね。

青木
言い方が正しくないかもしれませんが、それは「オモシロの落とし穴」じゃないですか。DPZはどこかで「オモシロ」のグループに入りながら、その落とし穴を回避し続けて15周年を迎えるわけですね。

テレビでいえば服を脱ぐとか、リアルなら宴会芸とか、最近はそれらを極めて「芸」にする人もいるようですが、DPZにはもとからそういう思考はなかったんですか。


僕がそもそも好まないのと、会議でもその手の話を盛り上げないんですよね。運営初期から女性ライターが会議にいたのもあって、男同士っぽい話にならないんでしょう。逆に、そういうノリが生きる記事を出しているメディアは、会議から内容もテンションも男性好みだったりするんです。コンテンツにそのまんま出るんですよね、会議の雰囲気って。

青木
DPZの会議って興味あります。どんな雰囲気なんでしょう?


すごく漠然としてます。一応、みんながネタを持ち寄るんですけど、「履歴書の自己PR欄っておかしくないですか?」という感じで、企画のフォーマットもなくて、ぜんぶ口頭です。紙に書いてこないのがルールなんで。

それに対して、「うん、なんか変だぞ」と盛り上がって、それを編集部で「この手が得意そうな人に振ってみよう」と決めていく、そういう感じです。

長く続けるための条件は、いかに努力しないか?

青木
企画が口頭というのも驚きですが、そんなDPZにもしっかりしたページ、ありますよね?「デイリーポータルZとは?」という、いわゆるアバウトページです。そこに「あたりまえとされていることのほかに、うまいやりかたはないか考えています」という一文があり、これが全体を貫いているのかと考えたんです。


あれは僕がひとりで書いただけで、内容はみんなが「えー?」って思ってるかもしれない(笑)。ただ、ニュアンスとしては、15年続けてきたことをざっくりまとめると、「うまい方法ないかな、がんばらないで済む方法ないかな」ということだったんです。

そもそも、太く短い人生か、細く長い人生かといわれたら、「太く長く」がいいに決まってるだろうって。

青木
完全に同じ考えですね。


そういう態度で世の中を探すというか、楽に生きようっていう。だから真面目が嫌いなんでしょうね。

以前に「努力してダイエットしました!」みたいな企画が出たときに怒ったんです。「あったりまえじゃねーか!こんなの!」って(笑)。努力なんてしたくないし、努力しない方法を知りたいわけです。それから「努力禁止!」ってお触れを出しました。

青木
すごく共感します。努力の勝負になると、まず絶対的に優劣がつくじゃないですか。


そうそう。あと、努力って自分では量を積んだと思っても、他人はもっと努力していたりして、結構敵わないじゃないですか。だから効率悪いんですよ。

青木
僕がクラシコムのスタッフにもよく言っているのは「うまくやったから、うまくいく」のではなく、「うまくいったから、うまくやれる」なんです。つまり、成功と努力に相関関係はないって話なんです。

むしろ「うまくいくこと」を見つける作業にこそ、ほとんど成功の要因はある。あとは運ですね。「うまくいかないことを努力したらうまくいくようになる」とか、「もっと上手にできたらうまくいったんじゃないか」とかは、全部考えるだけ無駄だと思っていて。


あはははは(笑)。いやぁ、そうですね。

青木
うまくいかないと見たら、さっさとやめて別のことをやったほうがいいよ、と。努力すると時間がもったいない。


もったいないですね。うまくいくときって最初からスカッとうまくいきますもんね。

青木
そう!最初に「うまくいきそうにないな」と思いながらやってみて、うまくいったことなんてほとんどないです。最初からだめで、あとからうまくいったこともない。

僕は常々、もっと学校では早い段階で「成功」と「努力」の相関関係がないことを教えてあげたほうがいいと思っているくらいです。


その一環としてだと、フォーマットが効くことって結構あって。たとえば、最近のクラウドファンディングって商品紹介の動画がよくあるじゃないですか。あれがおかしくて、その動画から要素を分析したんです。どうでもいいものでもクラウドファンディングの動画のフォーマットにはめると、それっぽく見えるんだろうなって。それで今日の午前中は絵コンテをつくってみたんです(後日に「拾った石をクラウドファンディングの紹介動画にする」として公開)。

青木
林さんは、まず構造に目がいくんですね?


あぁ、そうです。うまくいく方法を考えよう、ということに近い。

青木
今日の対談は「長く続くメディアの条件」がテーマですけれど、それはたぶん「努力しない」なのかもしれないですね。「うまくいかないこと」を続けようとしない。


長く続けるコツとしては、そうですね。楽しいから続けているだけですし、楽しくてやっている人のほうがパフォーマンスがいいに決まっていますから。楽しいことしかやらないほうがいいですよ。

青木
そもそも「楽しい」という感情がどうやって生まれるかと思うと、「うまくいきそう」な感じがあるってことじゃないですか。


僕は楽器ができないけれど、できる人は最初から楽しいんでしょうね。文章や絵も最初からちょっとできるから楽しくて、気づくとつい徹夜してやっちゃう。あの最初の、対象からのフィードバックがあればいい。

その「うまくいきそうなこと」って直感なんですけど、直感といえどもそれなりに経験から判断しているんですよね。

青木
さらに林さんは「こうすれば絶対にウケる、笑ってくれる人がこれくらいはいるはず」と、作る前に見えているから続けられるんでしょうね。

成功と努力の相関関係の無さに惑わされず、お互いに努力をせずに今後も楽しんでいきましょう。またお話できたらうれしいです。今日はありがとうございました。


林さん、楽しいお話をありがとうございました!

前編「真面目にならないで!素人っぽさがメディアの寿命を伸ばす。

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