高齢者住宅から、誰もが暮らしやすい家を考える シルバーウッド代表 下河原忠道さん【後編】

書き手 編集スタッフ 小野

写真 高木あつ子

高齢者住宅から、誰もが暮らしやすい家を考える シルバーウッド代表 下河原忠道さん【後編】

サービス付き高齢者住宅を展開する、シルバーウッド代表の下河原忠道さんへのインタビュー後編です。

どうして建築業界から福祉の世界へ?という疑問に答えていただいた前編に続き、後編では『銀木犀』のあり方を、いくつかの視座からうかがいます。高齢者の暮らしやすさを考えることは、「私たち」の暮らしに直結することだと思い知らさせるお話です。

「介護される人」から、おもてなしする側へ

──前編でうかがったように、全面を無垢の木のフローリングにするなど、『銀木犀』はすごく居心地のいい空間になっていますよね。他にもいろいろと素敵なポイントがあるのですが、すべて最初から備わっていたわけではないと思います。バージョンアップの過程をうかがいたいです。

_mg_1018『銀木犀』にはあちこに遊び心ある仕掛けがある。壁にある小さな扉を開けると、かわいい猫とねずみがいました。

下河原
まず、自分の目標であった「安心して死ねる」というのは、看取り率を見ても分かるように、達成することができました。『銀木犀』では、看取ることが当たり前の文化になったんです。そうなると、次の目標を設定したくなります。

そこで、師匠である村上先生は言うわけです。「医療や介護は町づくりだよ」と。僕にとっては「町づくりって何?」って感じで、「ずいぶんテーマがでけえな」って思いましたよ(笑)。

──新しいキーワードが出てきたんですね。どこから手をつけていいか、なかなか難しそうです。

下河原
ですよね。でも、自分なりに「銀木犀祭」をやるようになっていきました。

従来の高齢者施設のお祭りといえば、入居者を喜ばせるためのお祭りが主流で、実は違和感を持っていました。高齢者たちがずらっと並んで、近所の幼稚園児たちがお遊戯をする、みたいなステレオタイプなものが多いですよね。

──そういえば私も、保育園時代にお遊戯しに行きました。

下河原
その行為自体は、悪いことじゃないし、喜ぶ人たちもたくさんいるんですよ。ただ、「何もできない人」と「これからの希望」みたいな杓子定規にはめられているような気がして。僕には二極化させる意味が分からないんです。

高齢者たちは、子どもたちや家族、いつもお世話になっている介護士たちに、「恩返ししたい」、「彼らの役に立ちたい」っていう気持ちを持っているんです。

だから「銀木犀祭」は入居者たちが地域住民をもてなす祭りにしようと決めました。小さい規模からだんだん大きくしていく感じで広げていったんですね。

準備から運営まで、入居者の大半がお祭りに関わります。最初は乗り気じゃない人もいるんだけど、皆さんにちょっとずつでも参加してもらって「あなたたちがやっているお祭りなんだ」「あなたたちが必要なんだ」と伝えます。

高齢者住宅に入っている人にも、役割や地域との繋がりがあることを認識してもらうのが大事です。

_mg_0952

だいたいの入居者さんが「こういうところに入ったらおしまい」と、絶望感や諦めに似た感覚で入居してきます。そうなると介護度もどんどん上がっていってしまうんです。

気持ちが何よりも大事で、「あなたが必要なんだ」という機会をいかに増やすかが大切です。

認知症への恐れはまぼろし

下河原
高齢者と接することが増えて、人の死の手前にある「認知症」についても考えることが増えました。認知症のある人たちが、お祭りで子ども達と普通に接している。それこそが「社会教育」なんじゃないかと思っているんです。

今の社会では、どうしても「認知症になりたくない」というメンタリティになってしまいますが、本当にそれでいいのか?と。

──完全にネガティブなイメージですよね。私も自分はなりたくないと思っているし、高齢の家族の物忘れに戦々恐々としたりしています。

下河原
そうなんですよね。それが僕の中では許せなくてね。「いいじゃん別に、認知症になっても」って思っているんです。

認知症の人たちが不幸せかというと、そうじゃないです。まあ確かに、不便はあるかもしれない……けど。考え方一つで、人生を新しくつくり直すことができることを、『銀木犀』を運営して知ったんです。

社会的心理環境を変える上でも、今、VRという新しいメディアで、認知症を体験してもらう機会にもチャレンジしています。

_mg_0989

──認知症の人に普通に触れ合う機会ができて、しかもお祭りのホストが認知症の人や高齢者なのが、素晴らしいと思います。

下河原
従来の高齢者施設だと、認知症の人を閉じ込めてしまうことが多い。だけど、子どもたちが、認知症の実際について教育を受けずにそのまま大人になってしまうことに問題があるんじゃないか、と考えたんです。

家を脱出して、その辺をウロウロしている怖い人の存在、みたいな認識を持ったまま大人になってしまうと、認知症の人たちを排除する社会になっちゃうでしょう。

少し話は逸れるんですが、日本には精神科病棟が世界で一番多いんですよ。

──え、世界一ですか。

下河原
多くの先進国は1980年くらいからなくしていく方向に動いているのに、日本だけが増えて横ばいなんですよ。そして精神病の人の入院が減っている代わりに、認知症の人が精神病院に入院するケースが増えているんです。

子どもたちには、認知症があっても普通に社会で生活していけることを今のうちに伝えていかないと、無用な入院患者が増えてしまう危惧をしています。

_mg_0879閉店後の取材だったため、下河原さんのお子さんと職員がモデルになってくれたが、普段は認知症の方が店番をすることも。

認知症の人たちが、地域社会で普通に生活していける社会をつくるのは必然だと思います。それは、認知症でない人たちにとっても住みやすい社会に繋がると信じているんです。そこに今、向かっています。

経営の秘訣は、自然体に委ねること

下河原
社会のあり方ににまで言及していますが、僕は起業家なので、ビジネスとしてもちゃんと計算していますよ。最もクリアしなくちゃいけない入居率のキープは、一時的な勢いじゃなくて、建設から6年建った『銀木犀』も人気が保たれているのは、ビジネス的な戦略がうまくいっている証拠だと思います。

──どういう戦略なのですか。

下河原
まず、1棟ではあまり利益が出ないんです。だいたい2億くらいの売上に対して、5〜10%くらいの利益率ですから、1棟では本社の経費は賄えません。僕の場合は、建築事業もあるので、余裕を持って展開できましたが、これは多店舗展開を行い、ある程度厚みを持たせて利益を出していくビジネスモデルなんだと目標を定めました。

そこで、2棟目をつくったあたりで、最低でも20棟くらいはつくろうと決めました。

今、『銀木犀』は12棟ありますが、本社の5人だけで全ての『銀木犀』を管理しているんです。たぶんほかの事業者さんだと、本社の管理部門ばかりが金を食っちゃって、現場にはあまりお金が落ちない状況になっていくような気もするんです。だから、なるべく少ない管理体制でたくさんの店舗を展開できると、残るお金が多い。

──それが可能な理由が、下河原さんの戦略にきっとあるんですよね。

下河原
うん、まぁ、現場に任せるってことですね。

『銀木犀』に来る人に、「玄関を開けていて、なんで認知症の人が出て行かないの?」とか「職員の教育は?」とか、質問攻めに合うんですが、自然体であることが最も大事なんじゃないかと答えるんです。入居者に対する管理も、本当に必要なもの以外、僕らは一切やってないんですよ。

──確か、中央玄関を施錠しない、とか……

_mg_0881

下河原
それもあるし、「転倒防止のためのなんちゃら」とか、「水分量をどれくらい摂取しているか」とか「血圧はどうだ」とか「食事量はどのくらい」とかあらゆる管理をする施設もありますが、僕らは一切していない。職員の管理も、本当に限定的です。

要所要所、大事な研修だけはしますけど、管理しない。自然体でいれば、いい塩梅で経営していけるはずです。

──管理はしない代わりに、きっと職員が自分でちゃんと考えるんでしょうね。下河原さんとしては、職員を「信頼している」っていうことなんでしょうか。それとも、施設で働いている人たちに権限があるということなんですか。

下河原
それぞれの所長さんに、経営的な数字はお見せしますけど、数字的な結果を出せって言ったことは一度もない。ただ「入居率100%だけは必ず守ってください」とお願いしています。それさえ死守できれば、後は自由にしてよしというスタンスです。

──100%を目指せば、経営的によいのはもちろん、「入居したい人がたくさんいる施設になる」ってことですね。

下河原
『銀木犀』が順調に営まれていることに対して質問する人は、ロジックを求めてくる人が多いんです。昨日も、聞いているうちに「それがダメなんです」って言っちゃいました(笑)。「自然体で大事なことだけ伝える方針さえ決めていれば、ルールは必要はないんじゃないですか」と。

──たしかに、自分の子どもに対しての接し方やこれまでの人間関係を振り返っても、大事にすることを決めて、あとは柔軟に対応するように心がけた方が、うまくいく気がしますね。

下河原
支配でもないし、管理でもないし、全く興味も持たずに無関心でもないし。本社にいる僕らは「そばにいるよ」っていう安心感だけを提供しています。

あとは、僕らは建築にすごく力を入れているので、いい建物をつくることで、そこで働く人たちのムードみたいなものが自然と醸成されているかもしれません。銀木犀を見学して「建築から理念を感じる」とよく言われます。

──入ってきた瞬間に、確かにそれは感じます。玄関入ってすぐの受付も無機質な感じじゃない。

_mg_1027

下河原
徹底的にこだわったディティールが大事なんです。僕と、堺万祐子の2人でいつも設計しているんですが、建築の時に、想いとか魂を込めまくるわけです。

──住む人はもちろん、働く人もその魂を受け取るわけですね。介護職って結構ネガティブなイメージが出来上がっちゃっていますけど、ここで働いている人たちは、気持ちよく働かれているんだろうなぁという気がします。

下河原
本社として要求しているのは、入居率100%と、「自然体プリーズ」ってことですからね。他の老人ホームで働いている人がうちに来ると、最初はとまどうみたい。

ここは住宅で、家族みたいなもんなんだから。関係性のなかで、ちょうどいい塩梅みたいなものに、みんながいちいち落としこんでいけばいいんです。

──下河原さんのお話を聞いていると、理念にも共感するし、やりがいもあるし、ここで働きたい人は多そうですね。

下河原
いや、それがそうでもない(笑)。と言うのも、完璧に介護の仕事をする人のパイが少ないから。これが大問題でね……。マジで全然いないんですよ、介護士は。要介護高齢者の数が増えすぎちゃって、介護士は争奪戦です。いかに魅力的な職場にして辞めないでもらうかという課題に対しては、どこの事業者さんもこぞって頑張ってます。

うちの職員についていえば、最初は「頑張らなくちゃ」と力が入っていた人が、自然体でいいんだと気づいて変わっていく人が多いですね。

──そういう働き方が知られていくといいですね。介護者っていうと、ステレオタイプのイメージのせいで志願者が少ない気もします。楽しく接しながら一緒に暮らすことが仕事なんですよね。

下河原
テーマにしている看取りに関しては、他の施設ではいよいよという状況になった時に、リスク排除のためにすぐ救急車を呼ぶルールになっています。

でも、そうすると、ここまでずっと付き合ってきたのに、救急車に乗って病院に行ったら帰ってこない喪失感が襲ってくる。心にぽっかり穴が空いちゃう。でも我々は「救急車を呼ぶな」って言っています。

それと、もし入院するようなことがあったら、「退院するときには必ず迎えに行って」と所長にお願いしています。そういう行動の規範みたいなものが、介護士たちの「答え」みたいになっているというか。やっぱりそうだよね、ずっとお世話してきた人を最期までみたいよね、というニーズに合致しているんだと思います。

だから、看取りもやっぱり経営的にはすごく重要な戦略。看取りを戦略なんて言ったら怒られそうですが、戦略として経営の中で意味づけをしていかないと持続できないですからね。

──ビジネスの戦略って、いかに競合に勝つかどうかの話で取り上げられるけれど、本当は、自分たちのやっていることに意味づけしていく行為なんでしょうね。そういう意味で「看取りは戦略」は納得です。

宣伝マンは、駄菓子屋に集う近所の子どもたち

──銀木犀に来てみて、インパクトがあるのが、入り口の駄菓子屋さんです。今日は近所の学校がお休みだったらしく、子どもたちが溢れていましたし(笑)。ここのお会計は、入居者さんがされているんですよね。

_mg_0874

下河原
そうですね。ひと月で40万くらい売り上げるんだから、すごいですよね。

特にここ、浦安の『銀木犀』の入居募集は、実は子どもたちがやってくれているんだと思うんです。この地域にあるのは、一時金2500万円くらいの高級老人ホームばかりなんですよ。でもうちは一時金0円で、敷金礼金もとっていない。このギャップのせいで、お金持ちの人たちの選択肢に『銀木犀』は入らないんです。見にも来ない。

──そもそも検索ワードにない、みたいなことですね。

下河原
でも、見学に来ていただいたら入居したいって思わせる自信はあるんです。だから、口コミで広げていくしかないんですよ。

──なるほど。ビジネス戦略としても、町づくりは有効なんですね。もちろん、コンセプトの面での重要性もあるのだけれど。

下河原
そうなんです。子どもたちが1日に何十人も来るってことですから。子どもたちが家に帰って、「今日どこ行ってたの?」ってお母さんに聞かれますよね。「よく分かんねえけど、駄菓子屋」みたいな会話がきっと交わされているんです(笑)。

駄菓子屋に来た子のお母さんが今度は偵察に来るんです。すると、「銀木犀食堂」って看板が出ている。そして「どうぞどうぞ入ってください!」みたいな感じで職員が迎え入れてくれる。そして足を踏み入れてみたら、「なんか素敵ね」と。

日中のランチは予約なしで自由に入れて、650円で入居者さんのごはんが食べられます。普通のごはんだけど、冷凍物は使わないし、おいしいです。ママさんたちがよく来ていますよ。

_mg_0918取材した日のごはん

──お母さんもいいって思ったら、家族で「うちのおばあちゃんにどうかしら?」って話になりますよね。

高齢者住宅をなくしたい

──『銀木犀』の経営は順調ですから、今後もっともっと増やしていくのが目標なのですか。

下河原
いいえ。いずれは、高齢者住宅という概念を壊したい。そもそも高齢者だけが同じ場所に暮らすこと自体が、実はナンセンスじゃないかとだんだん考えるようになりました。いま設計している住宅は、高齢者も暮らしているけど、学生も、シングルマザーも、障害者も暮らしているし…という要するに誰でもいい場所なんです。

──わぁ、すてきです。食堂はここのように、みんなで食べられるような場所になる予定なんですか?

下河原
そうそう。あとはボルダリングの施設や銭湯があったり。地域のコミュニティを凝縮させたような場所が、つくりたいんです。高齢者住まいを突き詰めて考えたら、普通の賃貸住宅に戻っていきました。

昔の地域社会が普通にやっていたことを、もう一度取り戻したい。子育ての問題を解決できる部分も、あると思うんです。雨が降ってる時にちょっと牛乳買いに行くっていう時に、小さい子どもがいたら大変。でも、それを隣のばあちゃんにちょっと見ててくれたりして。逆に、そのおばあちゃんの体調を、同じ階の学生が気にかけることも自然に起こってきそうです。

──「5分で帰るからちょっと見ててください」ってことができる!私にもそのニーズはすごくあります。

下河原
高齢者住宅とはうたわない『銀木犀』ができて、多くの人がともに暮らせる住居の礎をつくっていくのが、今の目標ですね。

_mg_1032すでに『銀木犀』はさまざまな人が集う場。近所の児童が、下河原さんの子どもたちと遊びならがら、取材が終わるのを待っていてくれました。

【前編】福祉の世界に飛び込んだビジネスマンは、当たり前を疑う シルバーウッド代表 下河原忠道さん

Recommend

Related