「嬉しい」を生み出す、広告の力に夢をみる。 「刻キタル」代表 岸勇希×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平【後編】

書き手 編集スタッフ 小野

写真 岩田貴樹

「嬉しい」を生み出す、広告の力に夢をみる。 「刻キタル」代表 岸勇希×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平【後編】

「刻キタル」代表の岸勇希さんを迎えた対談後編です。

前編では、会社設立の想いや、岸さんが仕事をする上でずっと大切にしてきたことについてお聞きしました。後半は、「北欧、暮らしの道具店」と岸さんの仕事との共通点や、「投資」の話、夢のある広告のお話をうかがいました。

 

「北欧、暮らしの道具店」は教科書だった?意外な仕事の共通点

青木
今回、対談をお願いしたときに、「『北欧、暮らしの道具店』のファンです」とすぐに返信をいただいて、すごく嬉しい反面、恐れ多いというか、どうして?という想いもありました。

岸さんが、弊社のサイトをご覧になって、好感を持ってくださったポイントってどんなことなのでしょうか。


すごく僭越なんですが、僕が過去にやったことがあるアプローチと、似ている感じがするんです。

具体的には、鶴屋さんという、熊本の老舗百貨店さんの仕事です。「これから先の百貨店の価値を考えるうえで、『北欧、暮らしの道具店』にヒントがあるからサイトを見て勉強してね」って紹介してました(笑)。

似ていると感じたのは、監修という立場で携わった「人とモノのものがたり展」という企画展です。鶴屋で働く従業員の方々が、これまで鶴屋で客として購入したモノと、それにまつわるものがたり、つまりは思い出を、ご本人の写真とともに展示した企画展で、最終的に書籍化までしたものです。

展示会場でストーリーを読んで、感動して涙するお客さんもいて、僕にとっても印象に残っている仕事です。

 

_mg_9202%e3%82%a2%e3%82%bf%e3%83%aa鶴屋が作成したパンフレット。中には顔写真付きで商品を紹介する従業員のストーリーが並んでいる。

ここで大事にしたことは、鶴屋百貨店に勤める従業員も、時に鶴屋で商品やサービスを買うお客様であることです。売り手も時に買い手であるという哲学は、「北欧、暮らしの道具店」にも共通しているように感じます。

「北欧、暮らしの道具店」は、記事の書き手が見え、モノ以上にモノにまつわるストーリーで欲しくなる。そんな編集の空気感は、僕が百貨店でやろうとしていたことに、とても近いものを感じてしまいました。

青木
そんな風に見てくださって嬉しいです。

僕らも、これまで自社の販売で培ってきたやり方がありつつ、「BRAND NOTE」という広告の事業でも大事にしていることは一緒なんです。パートナーとなる企業の方にまずお伝えするのが、「中の人にも出てきてほしい」ということです。

どんなに大きな会社にも人がいるということを、広告を通して伝えることが大事だと思うんです。

たとえば子供用の商品であれば、開発担当者やブランド担当者が子供を持つ母親だっとしましょう。自分の子供にも胸を張って勧められる商品をつくろうと心がけていると明らかになるだけで、人はもっと安心して、その商品やブランドを愛するようになります。「ああ、自分と同じような問題意識や常識をもった人が、向こう側にいるんだ」というふうに。

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いくらその商品の機能がいいといったって、 競合と微細な差にならざるをえないことも多い。やっぱり最後は、「誰々さんと同じ」とかHuman to Humanのところに持っていくしかないでしょう。


何を買うかも大事ですが、誰から買うかも大事になっていると思います。

青木
分かります。最後までキャッチアップされない唯一の資産が、その「誰から」なんですね。

たとえば、大手のメーカーさんの洗剤を使う瞬間に、「この商品を開発した人は自分と同じようなお母さんで、歳の頃も同じぐらいの子供がいるんだよな」って一瞬でも思い出しながら使えたら、どんなに幸せな瞬間だろうと思うんです。


そうですね。先ほどの企画だけの成果というわけではありませんが、おかげさまで鶴屋は、日本中の百貨店が苦戦している中、唯一と言っていいV字回復を見せています。

今だから言うと、ネットでモノは買えたり、GMS(大型ショッピングセンター)もたくさんあるこの時代に、百貨店が復活していくのはあり得ることだろうか、とさえ思ったこともありました(笑)。

でも、結果として、5年間かかりましたが、鶴屋さん自身の血のにじむような努力もあって、ここまできました。もちろんまだまだこれからですが、それでもここまでこれたことは、本当にうれしいことで、僕らにとってもすごく自信になっています。

 

広告主を育てることは、新しい社会をつくること


4月に設立した「刻キタル」という会社の特徴のひとつに、投資事業に重きをおいていることがあります。

根底は先ほどお話した「自らもリスクを負う」ということに尽きますが、それとは別に、「これが電通ではできなかったことだった」ということもあります。クライアントサイズの話です。

電通のように巨大な広告代理店では、広告料を払えるようになったお客様を中心にビジネスを展開していきます。特にテレビCMを打つようなクライアントが中心です。これはビジネス効率から考えれば、当然のことだと思います。

ただ一方で、まだまだ小さい会社、まだ広告料なんてあまり払えないようなクライアントでも、魅力的な企業はたくさんあることに気づいていました。今は無理だけど、これからクライアントになって下さるようなポテンシャルのあるクライアントです。ただ残念ながら、そうした小さな企業を応援する機会は、僕に限ってかもしれませんが、多くありませんでした。

大企業が使う広告費は莫大です。おかげで僕らも食べていけます。そんな大企業の広告予算の100分の1でもいいから、これから育つ企業、スタートアップ時期の会社なんかにつぎ込んだら…。たぶん社会は大きく変わると思うんです。

そういう中、僕らの事業が目指すのは、大企業と広告の仕事をしながら、同時に成長途上の企業のチャレンジを応援するという、はしごのような存在になることです。

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僕たちの投資基準は、会社の規模以上に、明確な意志の有無と、その業界に風穴を開ける挑戦をする会社かどうかを大事にしています。

儲かるか儲からないかにそこまで固執しなくて済むのは、大企業との仕事もしっかりやらせていただいているから。青木さんの言葉を借りるなら、しっかりと広告で成果を上げていれば、美学を貫ける。理想を追えるわけです。そういう意味でもしっかり広告では結果を出し続けるつもりです。

時に僕たちは、「広告に見切りをつけた」なんて言われたりもしますが、むしろ逆だと思っています。広告出身であることは、僕らのプライドであり、背負っているものです。だから広告を否定することは、これまでもこれからもありません。

ただ残念ながら広告だけでは解決できない課題もあるため、広告は最近否定されたりもします。でもやっぱり広告は素晴らしい。まだまだ可能性に満ち溢れていると思うんです。

と同時に、考え方をアップデートしない、たれな流しの広告は、気付かない間に力を失っていくとも思います。「社会システムの中で機能する広告とは何か」という問いに、自らの事業で答えていけたらと考えています。

青木
お話を聞いて、広告を使う会社になる人たちを育てる機能を持たなくちゃという意識と、僕らがECとしてやっていることに近しいところがあるかもしれません。

僕らも、すでに買いたい物がある人の取り合いをアマゾンや楽天とやっても、勝てる気がしないんですね。だけど、まだ何も欲しいものがない人に対するサービスは、アマゾンもしてないんです。

そう考えると、暇だからとりあえずアマゾンを見ようという人はあまりいなくて、そこなら僕らで、なんとか勝てる。「北欧、暮らしの道具店」に来ても、何年も買わないお客さんもいると思うんです。だけど欲しいものができたときに、うちで買ってもいいかな、と思う間柄になってることを目指しているんです。


確かに、似ていますね。そして、間柄っていう言葉はいいですね。

 

目的は「儲かる」じゃなくてもいい。誰もが、ここぞというときに広告を

青木
たぶん広告会社としての御社も、まだ広告出すか分からないし、出せる立場にならない人たちとの間柄をつくっていますよね。


そうなれたらうれしいですね。実際に広告するときには、もっと結果に対してシビアになりますけど、本質的にはに広告を打つってすごく夢があると思ってるんですよ。ちょっと気恥ずかしい言葉かもしれないですけど。

青木
夢、ありますよね。


たとえば、小さなベンチャーの会社があったとします。僕、基本的には広告のクライアントの財布について、自分の財布以上にシビアなので、無駄なお金を使わせるつもりは全くないんですが、それでもたまに大きな広告を出すことを提案します。

何でかというと、クライアントや家族が喜ぶから。それも広告が果たせる役割だと思っているんです。そしてもっと喜ぶの実は社員なんです。「岸さん、この広告やって売れますか」と聞かれて、「売れません。でも社員は嬉しいですよ」って答えることがたまにあります。

少し極端かもしれませんが、家族や社員のために広告を打って欲しいんですよ。もっといえば、一個人が人生どこかで、渋谷のスクランブル交差点の液晶で「誰々おめでとう」と広告を打つような社会があるというのもいいとさえ思っているんです。

 

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つまり、人間には声を大にして言いたいことがあると思うんです。

たとえば、子供が生まれたときに200万円使って広告を打ちました。馬鹿な200万かもしれないけれど、死ぬまで家族と親戚は忘れないですよ。それって幸せなことじゃないですか。

青木
忘れないし、すごくいい話ですよ。


「楽しいは一人でつくれる、嬉しいは一人でつくれない」ってことを僕は大事にしています。

嬉しいことを設計するには、絶対に第三者がいるんです。自分以外の誰かがいる。結局、他人にどう自分を認めてもらえるか、広告もそれと同じなんです。

そう考えるとSNSだって、僕からいわせれば、個人広告ですからね。本質的に声を大にして言いたい情熱は、人の根幹ぐらいのモチベーションだと思っているんです。

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つまり、その行為とその反応によって人間は孤独ではないと言いたい。たぶんそれはすごく生物学的なシグナルだと思うので、その目で見ても、もっともっとベンチャーには広告を打ってほしいなって思います。

青木
考えてみたら、声を大にして言うために、事業で儲けようとしているかもしれませんね。


そうです。ビジネスだって自己表現のひとつの方法ですよね。

青木
確かに社員の方が喜ぶとか、あるいは経営陣自体、意志決定した人が喜ぶとか、もちろんお客様が喜ぶっていう場合もあるんだと思うんですけど、喜ぶ人がいることから生まれるビジネスの瞬間って多いと思います。

僕らも新規事業をやるときに、三つの優先順位があって、まず現場が「いける」と思ってのっていればなんとかなる。次はもちろんお客さんで、結果的にいえば「期待値を超える」ことでちゃんと喜んでもらうこと。収支が合うかどうかは最後です。

今日、岸さんの一連の話を聞いて、勇気が出ました。僕らとは違うフィールドでも、最前線で共通する価値観でお仕事をされている。

ビジネスとして成功させてみせないと、正しいと思ってもらえないんですよね。厳しい戦いの中で、同じことを証明しようとしている人がいるんだなと思うと、嬉しかったです。


結局戦い続ける。歩みをやめないことなんだと思います。結果が出るまでやる。そして結果を出して、ちゃんと証明するしかない。ビジネスはなんだって「言うは易し、行うは難し」なんですけど、難いからこそ燃えるじゃないですか(笑)。

 

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【前編】 広告を「手段」に、本質に迫る仕事を追求する。「刻キタル」代表 岸勇希×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平

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