広告を「手段」に、本質に迫る仕事を追求する。「刻キタル」代表 岸勇希×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平【前編】

書き手 編集スタッフ 小野

写真 岩田貴樹

広告を「手段」に、本質に迫る仕事を追求する。「刻キタル」代表 岸勇希×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平【前編】
電通という広告代理店に身を置きながら、「それも広告なの?」と嬉しい裏切りをしてくれる事例を積み重ねてきた人物。それが、今回青木が対談をお願いした、岸勇希さんです。

岸さんは、「コミュニケーションデザイン」という言葉や概念をつくり、世に問うた人物としても知られています。仕組みや型は二の次で、とことん人の気持ちに立脚するコミュニケーションデザインの手法について、掘り下げて聞いてみたいと思い、対談をお願いしました。

方法は違えど、「北欧、暮らしの道具店」が大事にしてきた読者との距離感や、昨年から始めた記事広告コンテンツ「BRAND NOTE」の根底にある考え方と、コミュニケーションデザインの思想は、近しいところにあるのでは?という予感もあり、きちんと原点に触れてみたい想いがあったのです。

折しも、岸さんは2017年春に独立し、「刻キタル」という新会社を設立したばかり。きっと、なにかワクワクすることを企んでの行動に違いありません。

そもそも広告ってなんだろう?という話から、バイタリティ溢れる岸さんの頭の中で繰り広げられた、「最強の敵」との戦いの日々から学んだことまで、縦横無尽に話は展開しました。

「株式会社 刻キタル」代表

岸勇希

1977年、名古屋市生まれ。早稲田大学大学院国際情報通信研究科修了。2004年に電通入社。2008年「コミュニケーションをデザインするための本」を上梓し、広告界にコミュニケーション・デザインという概念を提唱。以後、同領域の第一人者として業界を牽引。2014年に電通史上最年少でクリエーティブの最高職位エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターに就任。2017年4月に独立。広告に限らず、商品開発やビジネス・デザイン、テレビ番組の企画や制作、楽曲の作詞、空間デザインに至るまで、幅広くクリエーティブ活動に携わる。

本質への最短距離は?小さな会社だからこその方法論

青木
いきなりですが、これまでの岸さんの実績を考えれば、組織にいながらやれることも多かったと思います。それでもリスクを犯して、この春、「刻キタル」を設立した理由が気になります。


正直、リスクという感覚はありませんでした。独立をリスクととらえるなら、残るリスクもありますからね(笑)。

正直電通だからやれることも、まだまだたくさんあったと思いますし、残る魅力がなかったと言ったら嘘になります。でも、新しいことに挑戦できる独立の魅力もまた、自分が40歳になるタイミングと重なって大きかったんです。

あとは、根底にあったのが、自分の時間を自分が信じた仕事にもっともっと注ぎたいという気持ちでした。電通もそうですが、大きな組織には、情熱があって優秀な人がたくさんいます。これは独立してみてより一層強く思うことです。

ただ、同時に、巨大な組織になればなるほど、手段と目的が逆転した仕事が多くもなるんです。「この仕事なんの意味があるのだろう?」「まったく本質的じゃない…そう思いつつも、止められない仕事」。手段が目的化された仕事が山ほどありました。

あくまでも僕の印象ですが、大きな企業で起こる組織の問題の大多数は、この手段と目的の逆転だと思います。そもそもは目的完遂のための優れた手段だったはずのことが、時間の経過や、多くの人を介すことで、いつの間にか目的化していってしまう現象です。

それこそ、青木さんの会社のように、強い経営者の強靱な哲学でつくられている会社は、いつのまにか手段と目的が逆転しやすい傾向があると思います。でもこのことは、正直どうしようもないとも思っています。ある程度手段を目的化することで効率化がはかれることも、少なからずあるからです。

だからこそ僕は、この手段と目的の逆転を防いだり、戻したりするような仕事をしたいと思っています。

青木
なるほど。そこを治療するっていう。


治療なんていうとおこがましいです。ただ基本的に本質的なことが好き……というか、無駄なことが嫌いなんです。どうせやるなら、本質的でありたたいと常に思ってます。そういう意味で、僕が嫌悪する言葉に「とはいえ」というものがあります。この「とはいえ」をいちいち駆逐、排除していくんです。

例えば、クライアントに何か本質的なことを提案したとします。するとこう言われるんです。「岸さんの仰る通りです!」と。そしてその後こう続きます。「仰る通りなんですが、とはいえですね…」と。

青木
「とはいえ」って 言えば、なんとかなっちゃう。


その通りです。この「とはいえ」にこそ、企業の課題や、見直すべきポイントが山ほど詰まっています。ぶっちゃけ「とはいえ」といいたくなる状態や気持ちも分かるんですけどね。「分かってしまえる」というのが、この「とはいえ」の根深さだったりもします。

いずれにせよ「とはいえ」を聞いたら、そこに課題があると思うようにしているんです。「とはいえ」を言わせてしまう背景を徹底的に洗い出し、本質的課題を探す。形骸化した思考停止プロセスにメスを入れ、目的と手段の逆転を正常化させるきっかけにするんです。

ちなみにこのやり方は、面倒臭がられることも少なくないです(笑)。触れられたくない部分にメス入れすることにもなりますしね。でも、どうせやるなら本質的なこと、きちんと結果を出したいじゃないですか。

こういう考え方なので、いわゆる「ザ・広告」というよりは、もう少し事業寄り、経営よりの仕事が多くなっています。そしてその延長で最近は、パートナーに対して自分たちを信じてもらう意味でも、モチベートする意味でも、リスクを負える体制が重要だと考えるようになりました。

つまり、自分たちも出資、投資するという考え方です。これが電通時代にはなかなか難しかった。大規模なものは別として、事業やプロジェクトベースでの小額投資は、規模と速度があっていなかったからです。

それならば、自分の会社でやるしかない。大会社ではできない方法を模索してみたいと思うようになったわけです。

原動力は、1円でも上乗せして恩を返すこと

青木
社会人になった時点で、「本質からずれたくない」とか、「結局無駄なことが多いんじゃないか」みたいな問題意識があったんですか。


電通に入社した瞬間からありました。なんでこの人たちは、あらゆることを広告で解決しようとするんだろう?という素朴な疑問です(笑)。まぁ、「広告屋」だから、なんですけどね。

どんなビジネスもそうですが、お客様がお金を払ってくれているから成り立つわけです。そしてまた次もお金を払ってもらいたいなら、何を返さなくてはいけないのかを真剣に考えなくてはいけません。

シンプルですが、たったこれだけのことだと思っています。だから、頂いたお金を1円でも多くの価値にしてお返しすることが全てだと思っています。結果への執念ですね。

そう考えると、広告をつくることが目的でないことは明白です。売上を上げることが目的で、そのためにクライアントはお金を払ってくださるわけです。であれば、あらゆる方法で、プラス1円のために努力する。広告であろうがなかろうが関係ない。

クライアントが価値を感じる結果さえあれば、「ありがとう、また頼むね」は生まれるわけですから。

このことをよく、くだらない話で説明しています。「ある女性とお付き合いしたいと思って、誰かに相談する」という例え話です。

仮に、デートコースの鬼といわれる、あらゆる恋の悩みをデートコースだけで解決するスペシャリスト、みたいな人がいても、実際にはそんな人に相談しませんよね。ネタなら別ですが(笑)。

もちろんデートコースの助言はありがたいわけですが、「彼女を魅了するためのアドバイス」は他にも山ほどあるわけです。ファツションとか、身だしなみ、まず歯を磨けよ!とか。あらゆる観点でゴールに対して指南してくれる人のほうが、当然ありがたいわけです。

青木
成果が出るデートにするってことですね。


そうです。「デートコースのみで解決する」というのは立派な姿勢ではありますが、それは、その人のこだわりでしかありません。自分にとって大切なことは、彼女とお付き合いできることなので、そのためのあらゆる方法を模索したいわけです。

これはさっきの広告と広告以外の方法論の話と同じです。広告での解決が最適の場合がある一方、広告では解決しにくい、他の方法の方が適している場合もあります。にも関わらず、広告以外の選択肢の重要性を説いた瞬間、「お前は広告の力を信じていないのか?」と、裏切り者の烙印を押されるわけです(笑)。

青木
あはは、おもしろいですね。「デートを成功させる」っていう目的のためには、「すてきなデートコースを用意する」という手段だけじゃなくて、歯を磨いたり、立ち振る舞い考えなおしたり、いろいろなアプローチがありますもんね。

広告以外のアプローチも使って目的を達成することは、広告をないがしろにしているわけではないし、逆に効果をより高めるかもしれないのに。


僕は、クライアントの期待に応えるためにあらゆる手段をとるべきだと思っています。広告に固執する理由はありません。

もちろんその結果を出す手段のひとつに、広告というのもあって、それが万能で最高の手段だった時代もあったわけです。ただ、もうそうではない。

広告業界もいつのまにか、手段と目的の逆転、つまり広告をつくることが目的化してしまっているこがあって、だからこそ僕らはちゃんと本質的にアプローチしなくてはいけないと思っているんです。

 

マクロな視点は苦手。ど近眼で目前の人を見る

青木
この過去20年ぐらい、岸さんがお仕事を始められてから、人もマーケットも会社も変化していますか。それとも、何も変わってないと思うのか、どちらなんでしょう。

僕は、いつもすごく自問自答していて答えがでないんですが …


すごく深い質問ですが、ご期待に添えない回答をしちゃいます。本当のこというと、僕はその問いに興味がないんです。

みなさん、とくに青木さんのように知的好奇心の高い方は、世の中の摂理を解こうとされます。だけど僕は、「僕に仕事を頼んできた人」しか見ていません。その人の課題を解決するために、その都度世の中を見ることはありますが、まわりの変化を読み解き、追うことに固執しないようにむしろ気をつけています。

ただ、せっかくいただいたご質問なので、この場で答えを考えるなら、「変わっているものと、変わっていないもの、そして変われないもの」が混在しているのが実感です。色々あるから、みなさん混乱するんだと思います。

例えば、人の本質的感情や欲求は変わらないものですが、変わり続けるテクノロジーによって、感情の刺激のされ方は、これまで以上に可視化、顕在化されるように変化しています。

具体的にはSNSなんかによって、人との差、正確には人の一番ハッピーな状態と、通常の自分を強制比較されることが多くなりました。やっかみやすい環境、病みやすい環境がどんどん加速していたりしますよね。この例でも変わらないことと、変わることと、変わったように感じることが混在します。

いずれにせよ、個人的には、その問いを追うよりも、目の前にある課題にまっすぐ向き合った方が、結果的に正しい景色が見えると信じています。

青木
すごいなぁ。要するに、マクロで見過ぎるから、かえって迷っちゃうんですね。


と、僕は思ってるんですが、青木さんみたいに志の高い仕事をされている方は、不思議とみなさんマクロがお好きなんです(笑)。

青木
あはは。おもしろい気づきです(笑)。


ちなみに僕、自分でやりたいことがないんですよ。

電通時代にも、極稀にですが「今回は予算もあるし、ぜひ岸さんの自由につくっていただきたいです!」なんてクライアントに言われることもありましたが、これが一番苦手でした(笑)。

だって、やりたいことなんてないですもん。僕は課題があってはじめて頭が動く。逆に課題がないと、動かないんです。ですからやっぱり僕の場合、目の前の人をハッピーにするとか、目の前の課題を解決するということの延長にしか、マクロな洞察はないんだと思います。

青木
岸さんがおっしゃる「目の前の人の課題に向き合う」って、企業の経営陣からすれば、従業員やお客様、あとは取引先っていうステークホルダーのことをまずちゃんと見ようよ、考えようよってことだと思います。

僕が知っている、岸さんが手がけてきた事例も、そこに入口を設けていらっしゃる気がしています。


やはり目の前のクライアント、お客様への集中力から、あらゆることははじまると思っています。

そんな考え方で、「刻キタル」ではちょっと変わった試みを始めています。「パートナーズミーティング」というもので、自分達が日頃お世話になっているクライアントとパートナーだけが参加できる勉強会です。弊社に皆さんをお招きして、年間12回を予定しています。

紐で閉じたすてきな封筒にパッケージされた、講座の案内状。豪華なしつらえも、クライアントためだけにつくったもの

繰り返しですが、僕達が食えているのは、仕事やチャンスをくれるクライアントのおかげです。そしてそのおかげで僕らは、貴重な経験を積ませてもらっている。

セミナーや講演会などで、そこで培ったものを話すことも少なくありませんが、まず一番に返すべきなのはクライアントの方々だと思いました。クライアントから頂いた知をクライアントにお返しする会、いわば「知の接待」です。毎回ものすごく気合いを入れて準備をしています。

青木
この講座はすごく豪華ですね。参加したくなります。

顧客に受け入れられる結果をどの程度出せるかは、正直にいえば、完全にコントロールできる部分じゃない。その分、こういう形で、完全にコントロールしている価値をセットでクライアントにお出しするっていうのは、ビジネスとして真っ当ですよね。


あまりに裏側を言語化されて辛いですが(笑)、その通りですね。

 

火力や水力以上!?モチベーションというエネルギー

青木
岸さんの仕事の根幹には、ご自身が提唱された「コミュニケーションデザイン」という思想がきっとあるのですよね。


全ての設計は、人の気持ちからはじまります。僕はそこしか見ていません。ですから、コミュニケーション・デザインとは、人の気持ちを動かすことを目的に、あらゆるコミュニケーションを手段として駆使するというのが、正しい解釈だと考えています。

青木
コミュニケーションという手段を考えたときに、岸さんは「モチベーション」を大事にしているようですが、モチベーションについてどんなふうに捉えていらっしゃいますか。

これまでの話を聞いてると、「結局それぞれなんです」が答えなのかもしれないですけど、少し抽象化して話せるとしたら、どういうプロセスでアプローチしていけるものか、お聞きしたいです。


未発達なものという前提でお話しさせていただくと、モチベーションは、人類がコントロールすべき最大のエネルギーだと思っています。それは水素や太陽光や火力と同じ、エネルギーなんです。ただ、見えないから観察が難しい。

モチベーションの重要性に気づいたきっかけは1年間の精神修行、頭の中の旅でした。あほらしく聞こえるかもしれませんが、どうやったら、漫画とかアニメとか映画とかに出てくる「最強の敵」に勝てるかをずっと考えながら、頭の中で片っ端から戦っていったんです。

そして遂に、全員に勝てる方法に到達したんです(笑)。それは敵の、モチベーションを奪うこと。どんな強い敵も、戦うモチベーションそのものを奪うことができれば、そもそも戦いさえも起こらないわけです。

青木
うーん…それって難しくないですか。


難しいですね。でもこの修行で気づいたもうひとつの大きなことは、モチベーションは、与えるよりも、奪う方が容易だということです。もう少し付け足すと、すぐ奪われてしまう弱いものだということです。

奪うと与える、モチベーションをより適切にデザインできれば、今まで解決し得なかったことも、山ほど解決するのではないかと思いました。

そんな気づきをもって、自分の過去の仕事を振り返ると、意識こそしていなかったものの、モチベーションをデザインしようとしていたものが多々ありました。そして、モチベーションデザインは、コミュニケーション・デザインよりも上位概念にあるものだと気付いてしまったのです。

モチベーションのデザインに関しては、色々ありますが、現時点でひとつ言えることは、モチベーションはそもそも奪われやすいものなので、与える設計よりも、奪っているものを排除することへのアプローチを第一にしたほうが、効果が出やすいということです。ここまでは実践の中で確認ができています。

上位概念とはいえ、自分はコミュニケーション・デザインを一生かけて追求していこうと決めているので、コミュニケーションデザイン3.0という定義で「モチベーションデザイン」を位置づけることにしています。

青木
なるほど。先ほどの最強の敵の例と逆で、相手にモチベーションを高めてもらいたかったら、「がっかりさせること」の排除が効果的ということですね。


はい。組織デザインに限定すれば、「正直者が馬鹿を見る」を完全排他するのは効果絶大です。これを徹底すると、組織は結構変わります。すでに複数実証実験済みなので間違いないです。

企業モチベーションの問題は、ほとんどの場合モチベーションが上がらないじゃなくて、モチベーションが下がる要素が多いことにあります。そして下がることの原因で多いのが、正直者が馬鹿を見ることが氾濫しているパターンなんです。

青木
言われてみればすごく納得がいきますが、まずは与えることばっかり考えちゃいますよね。

後編では、岸さんの仕事と「北欧、暮らしの道具店」の共通点や、広告主を育てる新たな試み、広告における「夢」についてなどをうかがいます。

【後編】「嬉しい」を生み出す、広告の力に夢をみる。 「刻キタル」代表 岸勇希×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平

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