校閲会社から本屋のプロデュースまで、本をめぐる挑戦を続ける「かもめブックス」店主 柳下恭平×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談【前編】

書き手 編集スタッフ 小野

写真 高木あつ子

校閲会社から本屋のプロデュースまで、本をめぐる挑戦を続ける「かもめブックス」店主 柳下恭平×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談【前編】
出版不況だ、街の書店が消えていく、とネガティブな言葉で語られがちな出版業界。そのただ中にいて、ひときわ朗らかなキャラクターで活動している人がいます。その名は柳下恭平さん。マンガのモデルになったり、テレビでもひっぱりだこの人気者です。

本にまつわることを語りだしたら止まらない柳下さんは、一体なにを原動力にして、多岐にわたる仕事をこなしているのでしょうか。校閲会社を皮切りに、今では本屋の店舗プロデュースも行うバイタリティの源泉を、クラシコム代表青木が探ります。

知られざる校閲業のビジネスとしての価値、「北欧、暮らしの道具店」が本屋をするなら?など、「課題設定の得意なビジネスマン」である2人が話し出すと、出版不況なんてどこ吹く風。前向きな展開が待っていました。

読書好きな青木にとっては、今後の出版のありかたも、大きな関心事。2人の目を通した出版のこれからにも話は及びました。

「鴎来堂」「かもめブックス」代表

柳下恭平

1976年生まれ。さまざまな職種を経験、世界中を放浪したのちに、帰国後に出版社で働くことに。編集者から校閲者に転身する。28歳の時に校正・校閲を専門とする会社、株式会社鴎来堂(おうらいどう)を立ち上げる。2014年末には、神楽坂に書店「かもめブックス」を開店。2017年7月には池袋に袋とじの本だけを扱う「本と珈琲 梟書茶房」をオープン。

好きなこと:車の運転、家族、ソファー、お酒、お化粧している女性を見ること、人の話を聞く、ローズマリーを握って手のにおいを嗅ぐ、雨どい、国道1号線、デートコースを考える

一体何屋さん?朗らかなおじさんの正体は

青木
校閲の会社の代表で、本屋さんの店長で…というのは知っていて、とにかくアクティブに活動している人だという噂はあちこちでうかがっているんですが…

柳下
名刺の数でいうと、今3枚の名刺を持っていて、「鷗来堂」という校正・校閲の会社の代表としてが1枚目。これが13年くらい続いていますね。

もう1枚は「かもめブックス」という本屋さんのものです。今日の対談場所ですね。ここはB to B、場合によってはB to Cの仕事をこなしてますね。

ちなみに、「鷗来堂」のときはネクタイ、「かもめブックス」は蝶ネクタイがトレードマークなんですよ。

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最後の1枚はまだテスト段階ですが、「ことりつぎ」という、メーカーとショップをつなぐ小規模流通をつくろうとする試みをやっています。これはまだマネタイズできていなくて、研究段階です。

あとは、店舗の企画運営の会社をつくろうとしていて、最終的には、ホテルをつくりたいと思っているんですよ。まだ会社にはなっていませんが、実際に店舗プロデュースは池袋の「梟書茶房」で始まっています。

青木
ホテルまでいっちゃいますか!

柳下
「かもめブックス」をやることで、他の場所への出店依頼が来るようになったんですが、ここはもともと本屋さんだった場所だし、僕が神楽坂の住民でもあるので、「神楽坂のこの場所の本屋さんだったからこうなった」という本屋なんです。

デパートに「かもめブックス」を出してもうまくいかないし、むしろちょっとダサいと思っています。それでも本屋さんのコンテンツを求めてもらうのはすごく嬉しいことなので、ゼロから企画運営をする会社をつくっていきたいんです。

まずね、僕は、本が売れない時代だなんて信じてないんですよ。

青木
僕も信じていないです。

柳下
ですよね!

ただ、友達の編集者やデザイナーの家に遊びに行くと家に本棚があるんですが、違う業種の人の家に遊びに行くと、そもそも本棚がないことが多いんです。

そこで、本が売れる売れないの議論の前に、「本がある生活」が必要なんじゃないかと気づくに至りました。

本棚っていっても、気の利いたブックエンドや、15cm角の箱でもいいんですよ。間に10冊の本があれば、立派な本棚です。「生活の中に本を置く場所をつくる」という切り口から本屋さんをやってみたらデパート向けな気がしませんか?実際に「ハミングバードブックシェルフ」という本屋さんの企画が動きだしています。

たとえばマネキンが着ているコーディネートをそのまま買うように、小さな本棚を「このひと揃えください」と買うことに可能性があると思うんです。

青木
なるほど、確かにそうですね。

柳下
本を買う習慣がない人に本をどう届けるか考えたときに、シークレットブックという名前にして、中身が分からない状態にして売るのがいいんじゃないかと考えていて、池袋にオープンした「梟書茶房」は、袋とじの本しか売らない本屋さんなんですよ。

_mg_5646「かもめブックス」で販売されている袋とじの本

ほかにも、「この場所だったらこうだよね」という本屋さんをつくっていきたい。

あ、名刺の話からずいぶん脱線しちゃいましたが、編集の仕事や想定のデザインも実はやったことがあったり…

青木
なんか際限なく出てきそうですね(笑)

ある意味では、デザイナーであり編集者であり、校閲校正者であり、本屋さんであり、本屋さんなんかをつくる人を支援するような仕事をし…企画、製造、販売を一人でやるくらいの勢いです。

柳下
そうですね。今、京都で僕の友達と「文鳥社」というお小遣いでつくることのできる本をつくって手売りするという活動をしていたり、趣味のレベルで言うと、Bookman Showという大阪の映画専門の古本屋さんと僕の2人で、「読書普及ユニット」というのをつくってイベント的に活動したりもしていますよ。

出版不況って本当?マネタイズの道は意外なところに

青木
掘れば掘るほど活動が幅広いですが、全部本に関わることなのは一貫していますね。独立の入り口は、校閲が最初ですか。

柳下
はい。それまでは版元にいて本をつくる仕事をしていましたが、28歳の頃、校閲の会社を立ち上げることにしたんです。

単純に、校閲の仕事がおもしろいなぁと思って見ていたんです。人間のする情報処理としてすごく興味深い。

ただ、周りを見ると、40代から50代の校閲者が多くて、20代はほとんどいない。校閲の入り口がどんどん狭くなっていたんです。

編集者というのは編集者として独立することができるんですけど、校閲者というのは、「校閲部」の集団として機能することが大事だと思うんですね。

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それはなぜかというと、すごくシンプルな話で、女性の美容に関することは僕よりもターゲットの女性が読んだ方がいいし、逆に僕が読んだ方がいいものもあります。単純に文字の間違いだけでなく、内容もチェックしますから、校閲部として読むことが校閲はすごく大事なんです。

大手出版社で今でも大きな立派な校閲部を持っているところもありますが、ごくわずかです。

メーカーでいえば、校閲部って「品質管理部門」なので、お金を生み出さない部署ですから、なかなか若い校閲を育てていくのは厳しい。それじゃあ、僕がその役割を担おう、若手の校閲者を育てる環境をつくろうと思ったのが、独立のきっかけです。

青木
祖業である鷗来堂というビジネスが、なんで上手くいったんだろうというのに興味があります。全体的に校閲者が先細りしていくから、必要になるだろうという読みがあったんですか。

柳下
すごくビジネスっぽい話をすると、出版の売り上げが下がり始めたのが90年代くらいなんですね。そこが出版の売り上げの一番最高値だったはずです。

一方で書店数が減り始めたのは、2000年をちょっと過ぎた頃からです。ただ、意外なことに書店の坪数は実は増えているんですよ。つまり、シンプルにいうと大型化しているんです。

もうひとつ増えている数字があって、それが出版点数、本が出る数です。昔は1日100冊くらいだったのが、今は平日で平均すると、毎日240冊くらい新しく本が出ています。その数字で何を裏付けるかというと、大量物流だということです。

店は、本を売ることによって収益を上げます。流通を担う取次は、本を動かすことによって収益を上げます。メーカーである版元は、本をつくることによって収益を上げます。

ものすごく単純化して、本屋と版元のお金のやりとりを説明すると、本は委託商品でもあるので、100冊つくって取次に納品したら100冊分の収入が発生するのですが、平均して40冊くらいの本が版元に返品されてしまうから、版元は40冊分のお金を取次に返金しなければならないんです。

でも、次に本の発行点数を増やして140冊つくって納品すれば、相殺すると返金というキャッシュアウトを避けつつ、元々の発行点数で納めていた100冊分の売上を上げられる。わかりやすくするために少し大雑把な説明ですけれど、この繰り返しが出版点数がどんどん増え、それに伴って書店の大規模化が起きている背景です。

青木
なるほど、そういうことなんですね。

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柳下
一方で我々校閲は、本を読んだサービス業、検品業務をすることによってマネタイズしているので、本を読む量がそのままイコール売上。出版の売上が下がっても、出版点数が増えていれば収益を上げることができます。

青木
校閲っていう市場だけを捉えれば、実は、右肩上がりのイメージなんですね。

柳下
そうですね。10年前に独立した時に、そういうマーケットは見えていて、ビジネスと社会的意義が両立していたともいえますね。

使い道は未定。あてのない借金が生んだ奇跡

柳下
「かもめブックス」ができたのは、実はすごいタイミングの妙だったんです。

「鷗来堂」は、10年くらい借り入れをしたことがなかったんです。でも、銀行の方が3月の末に営業に来て、「数字が足りないんで借りてくれませんか」と頼まれて、「協力しましょう」と2000万円くらいのお金を借りました。そうしたら、直後の4月7日に「かもめブックス」の場所にあった本屋さんが閉店したんですよ。

青木
え!お店を出すために借り入れしたのではなく……。すごいタイミングですね。

柳下
お店をつくろうなんて全然考えてなかったけれど、キャッシュもあるし、タイミングも合うし、と、本屋を復活させることにしたんです。

青木
しかも、金額的にもちょうどいいくらいありましたね。多すぎず少なすぎず。

柳下
会社として何か新しい事業体を起こすのにちょうどいいタイミングで、リソースも投入できる時期でした。

自分ごとにならないといけないと思ったんですよ。そもそも僕たちが校閲してつくっている本っていうのは、売れないものなのか、という疑問が根底にあって、その答え求めて自分たちで本屋をやっているんです。

新卒で入社した子に「君の仕事、5年後、10年後、ないかもしれないね」なんて、言いたくないじゃないですか。じゃあ、書店をつくって、つくることと売ることの両方をやる。絶対切り離せないことのはずなんです。それは、社会貢献というよりは、自分ごととして取り組んでいます。

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後編では、柳下さんが考える「北欧、暮らしの道具店」の移動本屋の話や、これからの出版についてのお話をお届けします。

【後編】紙かウェブかの議論を超えて、編集の舞台は「世界」になる。「かもめブックス」店主 柳下恭平×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談

 

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