仕事は、誰かの夢を一緒に描くこと。ブランディングディレクター 福田春美×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談【前編】

書き手 編集スタッフ 小野

写真 武藤奈緒美

仕事は、誰かの夢を一緒に描くこと。ブランディングディレクター 福田春美×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談【前編】
『北欧、暮らしの道具店』のレーベル、『KURASHI&Trips PUBLISHING』では、今年春からオリジナルのアパレルを展開しています。
「道具店」が洋服をつくるときに、大きな力となってくださったのが、ブランディングディレクターの福田春美さん。今回の対談のお相手です。

福田さんはこれまで、ファッションから雑貨、現在では物産展まで、さまざまな分野でブランディングを担ってきたプロフェッショナル。
『北欧、暮らしの道具店』の目指す世界観を洋服に落とし込んでくださるだけでなく、しっかりと厳しい目で、ものづくりからお客様に届くまでを見つめている、頼もしい存在です。

いまや、『KURASHI&Trips PUBLISHING』のものづくりになくてはならない存在なのですが、代表青木は、福田さんのビジネスマンとしての素養に興味津々の模様。
「ぜひビジネスのお話を」と依頼してみると、「私も、しっかり青木さんとお話ししてみたかったんです!」という嬉しいお返事をいただきました。

対談当日、訪れた福田さんのご自宅のドアを開けるとふわっといい香り。足を踏み入れると、ゆったりと時間が流れるすてきなお部屋が広がっていました。
居心地のいいお部屋でリラックスした雰囲気で行われた対談を、3回に分けてお届けします。

ブランディングディレクター

福田春美

アートやグラフィックの学校を卒業後、アパレルの道へ。アパレルショップの店長、マネージャー、バイイングアシスタントを経て『WR』を立ち上げる。2006年には自身のブランドを育てながらパリで約3年半暮らす。2010年に帰国後、複数のアパレルブランドの立ち上げやリニューアルを行い、現在は『a day』、『to the north』、『クリンスイ』と日本のクラフトのコラボレーションなどのディレクションを手がける。

好きなもの:のんびりとした朝、料理の下ごしらえ、旅、大好きな人たちをもてなす時間、作家さんに会いにいく事、運転、声に嘘がない人、純粋な視線、そのまんまの人、愛犬RITAさん

名付け親は自分。「やりたいこと」を体現する肩書きを持つ

青木
そもそもの質問から入りますが、ブランディングディレクターって何をしている人ですか?

福田
「ブランディングディレクター」って、実は自分で付けた肩書きなんです。その前に名乗っていた「ファッションディレクター」は、2004年に『ファッションディレクターの言葉と心と夢』という本を出したときに、松浦弥太郎さんがつけてくださった肩書きなんですよ。

ファッションディレクターからブランディングディレクターに変わった大きな理由のひとつは、2011年の東日本大震災がきっかけなんです。震災が起こったのは、しばらく暮らしていたパリから帰ってきたばかりでした。

どうしても東北に行ってなにかしなくちゃという想いに駆られて、自然と集まってきた、撮影チームのようなメンバーで炊き出しに行ったんです。

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それから毎週末に東北各地に行った経験は、ずっとハイヒールばかり履いてファッションのことをやってきた自分とは、程遠い経験でした。そして炊き出しにいく日々が一旦落ち着いた頃、自分のブランドをやめる決断をしたんです。

実は、2008年頃から、ファッションに携わることに懐疑的な自分もいたんです。半年に1回、何十型もコレクションとして出さなきゃいけないとか、ファッションウィーク中に発表しなくちゃいけないなど、いろんな決まりに、もやもやざわざわしていて。

青木
ブランディングする対象を、洋服から何か違うものにできないかと考えたんですか?

福田
そうですね。自分が好きな器や食のことで、できることはなにか考え出しました。思い当たったのが、今やっている『a day』の構想です。洗剤などを自分で調合してつくっていたので、「これだ」と思いました。これが最初に、2時間で一気に書きあげたメモなんですよ。

_o7o7119壁に貼られた『a day』の最初の構想。大事なインスピレーションの素が壁にはたくさん貼られている。

青木
すごい!ほとんど完成形じゃないですか。

福田
そうなんですよ。シーズンモチベーションまで書いてあります(笑)。

フレグランスでレモングラスは絶対使おう、a dayって名前いいな、凹凸あるガラスのディフューズあったらいいなとか…とにかくすごく具体的なことが書き出せちゃったんですよね。

それで、『a day』の構想に近そうな企業に、メールや電話をして、いろんなところに営業に行ったんですよ。ファッション業界だと「福田春美」ってある程度名前が知れていたんだけど、「え、誰ですか」みたいな感じでした(笑)。

活動していくにつれて、ファッションディレクターとして名前が出てきてしまうのにも、違和感を感じ始めました。

青木
名が体を表してないな、と。

福田
そうなんですよ。そこで、あらためて私の仕事って何なんだろうと考えました。最初「ブランドディレクター」とも考えたんですけど、この肩書きだと、ひとつのブランドのディレクターっぽい聞こえ方ですよね。

種類に関係なくやりたい気持ちが漠然とあったので、「じゃあ、ブランディングディレクターにしよう」と決めて名乗りだしたら、ファッション業界ってすごく早くて、1年もたたないうちに3、4人ブランディングディレクターが出て来ちゃいましたけど(笑)。

青木
みんな、いい言葉にちゃんとのっかっていきますね(笑)。だけど、福田さんの名付けには、決意みたいなものも感じます。

世界観をつくれるのは、厳しい現実から学んできたから

青木
「自分がやりたいのは世界観をつくることで、別にファッションでなくてもいいのかも」と、福田さんが10年前に書かれた本に書いてあって、今読むと予言的だなと思いました。

ものづくりの中で、実は洋服って一番ロットが少なくつくれるタイプの商品でしょ。だから描いた世界観を具現化するには、服をつくるのがたぶん一番手を付けやすいんだろうと思います。

福田
なるほど。そういう視点、すごく面白いです。

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青木
きっと最初にお洋服を選んだのはさすがの嗅覚で、やりたいことがそこに収まらなくなったときに、より大きなロットでやるようなものにも目がむくようになっていたのかもしれませんね。
今のお仕事って、『a day』みたいな生活雑貨のプロデュースのほかに、どんなものがあるんですか?

福田
いくつも並行しているんですが、たとえば、大丸松坂屋百貨店と「新しい北海道物産展」をコンセプトにオンラインショップをやっています。『to the north』 っていって、いわゆる「物産展」のイメージじゃないサイトをつくっているんです。

青木
シャケや熊の木彫りじゃない、おしゃれな物産展!

福田
ちょうど1年半ぐらい前に連絡が来て、担当の方にお会いしたのがきっかけです。

それまでは、デパートの催事の仕事はとても手間もかかるし、外部のディレクターを雇わない方がいいんじゃないかな?と個人的には思っていたので、全部断っていたんです。

でもふるさとの北海道の話だし、母親も歳をとってきていて、いつも「あんたの仕事は何なの?」って聞かれるので、地元仕事をたまには受けてみようと思って、実をいうと親孝行のために…

青木
なるほど。じゃあ、これが博多っていうんだったらやってなかった。to the westはなかったんですね(笑)。

福田
なかったですね(笑)。

担当の方にお会いする前に、「どういうことやってほしいか一度メールください」とお願いしました。毎回そうなんですが、ご依頼いただいて最初の内容を見て、2、3日中にアイデアが出なかったら、私の仕事ではないなと思うんですよ。

そういうときは、向いていそうな代わりの人を紹介してでも、きちんと断ります。

でも、北海道の物産展に関しては、いっぱいアイデアが出てきて、「あ、これはいける」って思った時点で、to the northといった言葉も出てきたんです。

青木
『a day』のときもそうだったけど、イメージが固まるのがすごく早いんですね。

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福田
だいたい、一発で言葉が出てくるんです。これだと思ったら、その言葉に合うイメージを探して組み合わせます。ですから、『to the north』も初めての顔合わせの時点で、もうスケッチブックができあがっていたんですよ。

青木
メモを拝見すると、百貨店全体のなかでのto the northの位置付けにまで、思い至っているのがすごいです。

福田
そうそう。すごい先までつい考えちゃうの。同時に、ロゴは絶対こういうデザインにしようとか、写真はあの人に撮ってもらいたいとか、具体的なアウトプットが浮かぶのは、ファッションのいろんな部署をやってきたからだと思います。

ファッション業界にいて、毎週数字とも徹底的に向き合う経験をしてきたから、今があるんです。山ほど失敗もしてきてるんです、本当に。ヒットしなかったブランドもいっぱいあるし、失敗からすごく学んでいます。改めて振り返ると、失敗しかないくらい(笑)。

「やりたいこと」より「頼まれごと」で自由になれる

青木
福田さんのところに来る仕事は、よろず相談事が多そうですね。

福田
大体が頓挫案件とか立て直しとか、そういう相談です。この歳になってやっと分かったのが、時間があって制約もなくて自分の作品を出すほうが、すごく苦しい。人に頼られて「こういうことで困ってます」と相談を持ちかけられて、その解決法を知ってたときに、人ってめっちゃ張り切れるんです。

青木
僕も、そういうときに、元気が出ますよ。「僕だけ知ってる」みたいな感覚もあるし。

福田
そうなの。「やりましょう!」と言うと、みんなが喜んでくれるのがすごく嬉しくて、だから頓挫案件好きみたい(笑)。

青木
仕事をやると決めたら、まず最初にすることはなんですか?

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福田
まずはヒアリングをして、全部ノートに書きますね。たとえば、さっき、青木さんがいらっしゃるなり聞いた「どうしてクラシコムジャーナルを立ち上げようと思ったんですか」とか「どういうきっかけで思ったんですか」とか…

青木
なるほど。原点みたいなことを聞くんですね。

福田
青木さんからお聞きした話からも、「この企業のこの人と青木さんを会わせてみたいな」とか、頭の中で始まっています。

青木
すごいなぁ。もともと、そういう人だったんですか?今の福田さんを見てると、1人代理店だなって感じるんです。

福田
わぁ、最近よく言われます!

青木
ですよね。営業からプランナーから制作進行から…

福田
あと、現場でごみ拾いとかするのも好きなの(笑)。「コード引っ掛かるよ」って言いながらテープ貼ったりとか。

青木
ADまでやってるんですね(笑)。

たとえば、ブランディングディレクターみたいな仕事をしてみたい人がいたとして、福田さんの能力が天性によるものだったら、僕、はっきりそう言ったほうがいいと思っているんです。

福田さんが案件に答えをだすときって、自分の中に引き出しがある物に関しては、引き出しがもう一斉に開いて、ある世界観が立ち上がってくるようなものが内的なものとしてあるっていうことですか?

福田
言葉にすると、そうですね。相手の話を聞いてるうちに、輪郭みたいなのが浮き出てきます。

でも、10年前の私に、ここまで緻密にやるんだよって教えてあげたい。この10年で覚えたことも大きいですよ。それまでは、イメージとか素敵なものを集めて、かわいい子をお店に立たせて、雑誌にいっぱい載ればいいと思っていました。

やっぱり、ファッション業界で一通りいろんな仕事をやってきたことで、できるようになったことがたくさんあります。一番ストレスが多い時期でしたけどね。

誰にお願いをして、どう動いて、どういう仕入れ値にしてもらって…と多岐にわたって想像して考えられるようになったのは、ひとつひとつ、さまざまな部署で働いてきたから。だから、ブランディングディレクターになる資質があるとして、後天的なところが大きいと思いますよ。

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中編では、福田さんが後天的に鍛えたという、数字との向き合い方、美意識を具体化していく方法をうかがっていきます。

【中編】美しいビジネスを支える、狂えるほどの情熱と冷静な分析力。仕事ブランディングディレクター 福田春美×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談
【後編】心の声を言葉にして、自分が行きたい道を拓く。ブランディングディレクター 福田春美×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談

 

 

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