2017.04.19

夢は新種のカビの発見!ピュアな動機で次のステージへ。発酵デザイナー 小倉ヒラク×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談【後編】

書き手 小野民
写真 土屋誠
夢は新種のカビの発見!ピュアな動機で次のステージへ。発酵デザイナー 小倉ヒラク×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談【後編】

発酵デザイナー 小倉ヒラクさんをお迎えした対談後編です。

発酵や微生物への愛に気づいてしまってからの葛藤や、発酵デザイナーとして歩み出すまでのお話をしてくださった前編、既存でないアプローチによってビジネスが成立した背景についての中編に続いて、後編では小倉さんも気づいていなかった成功の秘訣に青木が気づきます。勢いに乗る発酵デザイナーの歩みの速度、これからの夢についてもうかがいました。

成功の秘訣は小倉ヒラクの業界新聞化!? 想定外のメディア戦略

青木
ここまで聞いた話だと、ヒラクくんは新しい領域に新しいポジションで参入して、少なくとも自分比では成功しました、と。影響力が増したし、具体的に収入が増えたという結果もあった。秘訣があるとしたらなんでしょう?

まずは、セットアップの部分の領域の選択に成功したこと以外に、継続性の秘訣もあるのかな?少なくとも3年くらいは上り調子でこれていると思うのだけれど。

小倉
クリエイターに宿命的な、請負体質を変えたことがよかったんだと思います。発注してもらわないとお金が発生しない、一回契約しちゃうと向こうのいいなり、といったやり方は疲れちゃうから嫌。そうじゃない仕事の仕方を、3年間ずっと考え続けてきました。

具体的にいうと、たまたまなんですが、7、8年ずっとブログを続けてきたのが、ビジネスにおいてすごく重要だったようなんです。

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小倉ヒラクさんのウェブサイト「hirakuogura.com」

つまり、僕がブログを書くと、今だと1日に1000人、多い時は2000〜3000人が読んでくれている状況なんですが、その人数にメッセージを届けるってすごいことですよね。受発注が発生しなくても、直で誰かと関係性を持っている状況を育み続けてきた強みが僕にはあるのかなと思います。

青木
それは、ヒラク君自体がお客さんを持っている状況だよね。既存の考え方だと、お客さんはクライアントが持っていて、技術を提供するのがデザイナーという立て付けだった。だけど、お客さんも技術も持っていれば、必然的にイニシアチブが取りやすくなる。

小倉
場合によっては、クライアントが発酵デザイナーの軒先を借りることにもなる。

青木
そういうことだよね。それってもう、メディアとよく似たビジネスモデルでやってるってことだよ。

小倉
あ、そっか。確かにそうだ! 青木さん、その通りだ。僕、いつの間にかビジネスモデルが変わってたんだ。メディア業なんだ。ちっちゃいメディアをつくっちゃったんだ。

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青木
そういうこと。メディアに必要な規模って各々違う。ヒラク君が1人分の仕事のために必要な読者の量って、むしろ多すぎたら困るくらいで。

小倉
困りますね。あと、微生物業界でマスのお客さんを持つ必要がない。

青木
だとしたら、ヒラク君のブログって業界紙みたいなもの。専門特化のメディアビジネスで、マネタイズモデルがヒラク君独自なんだと思う。考えてみれば、取材を受けるときにいつもそのつなぎを着てるのも、メディア的な動きだよね。

小倉
そうですね。本当におっしゃる通りなんだけど、今まで気づきませんでした(笑)。

僕のメディア化戦略…って言っても全部後づけになっちゃうけど(笑)、賢かった点が2つあると思います。ひとつは、産業として実質が動いているドメインにフォーカスして、すごくニッチだけど代わりがいないメディアをやっていたこと。

もうひとつは、一般的な露出を意図的に排除したこと。「ツイッターで拡散する」ようなメディア化を企てなかったのがよかったと思います。

頭の中にはいつも微生物。アップデートし続けてライバルを寄せ付けない

青木
ヒラク君的な唯一無二の立ち位置をつくりたい人がいるとしたら、前提として、まずは好きなものをつきつめること、もうひとつは領域が重要だよね。産業として可能性がないと、変な立ち位置の人を受け入れる余地がない。

対象に対してのアプローチは、新規性があって、お客さんは自分自身で持つ。お客さんとサービスの両方を提供できるモデルをどうつくるか。こんな感じの条件が必要なのかな。

小倉
最初の話に戻るんですが、やっぱり一番大事なのは愛だと思っています。僕が本当に発酵デザイナーでよかったと思うのは、微生物が大好きだから、時間があるとずっと微生物のことを考えちゃうこと。だから、さぼらないんですよ。

微生物や発酵の領域が儲かるとなったら、フォロワーがきっと出てきますよね。今は僕はそんなに儲けてないけれど、「久しぶりに会ったら白いランボルギーニのオープンカーで来たぞ」みたいになったら(笑)。

青木
乗ってほしいなぁ(笑)。

小倉
「儲かるらしいぞ」と噂が広まって、「じゃ、ちょっと俺も発酵しようかな」という人がいっぱい出てきたら、やっぱり競争になるわけでしょ。でも、僕、生半可な愛のやつに負ける気は全然しない。愛が止まらないので、勝手にアップデートし続けられる。それがよかったと思うんです。

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3年前、ソーシャルデザイナーだったときに僕がよく言っていたせりふは「あの人を応援したい」だった。だけど今、その言葉は全く言わなくて、心の中でいつも「応援されるのは、僕だ」って思ってますからね。

青木
応援してほしいってすごい言葉だよね。それって、覚悟や確信がないと言えない。それって、すごいことだよ。

小倉
今、やっと言えるようになりました。

青木
今世の中で最も希少な資源って、これをやったら価値があるという確信だと思う。お金を持ってる、能力もある、地位もある人も、確信はなかなか持ってない。だからみんな、確信のあるバカを探してるんだよね(笑)。

小倉
あはは。僕みたいなやつか。この「確信している自分」って、もう人間界を降りて微生物界に行っちゃっているんですね。微生物界にいる自分は、狂っていて、徹底的によく分からないことをします。でも、人間界の自分は課題解決のプロだから、2人をいい感じにストレッチさせ続けると楽しいだろうな。そうすると、発酵デザイナー以前に僕がやってきたことも役立つ。人生に無駄はないとつくづく思います。

青木
僕と妹の関係に似ているね。僕が北欧ってキーワードを発して、妹が実際に動き出したらいいものができあがっていった。そうすると今度はアップデートするのに必要なものが出てきて、それを揃えていくのが僕の仕事。自分が与えた難題が、ブーメランになって返ってくる感じなの。それを僕がまた妹に投げ返すってことを続けている。

小倉
僕が先に進むときは、微生物としての勘を頼りにしています。だけど、そのまま実行してもダメで、人間界に微生物界の価値を埋め込んでく作業は、課題解決のプロとしてのデザイナーの僕がやってるんでしょうね。

人間もゆっくり発酵していくのがいい

青木
今の世の中、注目されるスピードが上がっていて、そのかわりに消費されるのも速いという問題があると思うんだよね。ある意味、ヒラク君も注目されている人だと思うんだけど、この風潮にはどのように対処しているのかな。

小倉
日本酒造りで、三段仕込という方法があるんです。アルコールをつくる菌に餌になる麹と米をあげていくんですけど、1回でやらないで、ちょっとずつ継ぎ足していくんです。1回でもできるんだけど、発酵のスピードが速くて荒くなる。三段仕込みは、一番酵母がきれいに発酵するように順を追っていくプロセスなんです。

僕は、この作業が美しいと思う。酵母の適切なスピード、一番気持ちよく増えるスピードに合わせて、ちょっとずつやってあげるっていいですよね。

自分が成長したり、自分の影響力が社会の中で増したりすることについて、否定的ではありません。だけど、酵母にちょうどいい 速さがあるように、自分にも適切なスピードがあるはず。自分を菌としてみると、一度にたくさんの餌は食べられない。増殖スピードがそんなに速くないですから。

そう考えると、ちょうどよく増殖していくようなコントロールをするべきだと思う。だから、そのコントロール方法をいつも考えているんです。自分が社会的にさらされることの負荷に、どの程度耐えられる生き物なのかを見極めた上で、です。

青木
それは、同感。僕もその見極めは必要だと思う。

小倉
コントロールする方法として僕がやっているのは、不安な気持ちを全部言語化してブログに書いておくこと。人に会ったときにもよく、「社交の場に出て調子に乗ることが怖いから、山梨に引っ込んでいるのでそっとしておいてねと言っています。

青木
懸念を共有してるんだ。

小倉
そうしておくと、友達づてに「ヒラクさんに連絡とりたい人がいっぱいいるけど、みんなブログ読んでるから遠慮してますよ」なんて言われて、しめしめ、と。

青木
しめしめ(笑)。なるほどねぇ。

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小倉
どんどん波に乗るか、仙人になって隠居しちゃうかじゃなくて、第三の手として、自分の所感を広く共有する方法論があると思っています。

夢は新種のカビの発見

青木
「世界一の発酵デザイナーになる」って野望を前に聞いたことがあるんだけど、今はどう考えていますか。

小倉
この調子でいくと、当面敵はいなさそうです。

青木
もう世界一かもしれないからね。

小倉
ま、今のところ、世界にひとりですから(笑)。ただ、ちゃんとした研究室を建てて、カビを新発見したいと思っています。

青木
カビの新発見!

小倉
数年内に、誰も見つけたことのないカビを分離したいんです。その道のりは結構長い。DNA解析ができなきゃいけないし、基本的なタクソノミー(分類学)を分かっていなくちゃいけないので、本当はカビの研究者にならないとできないです。でももし僕が、新種のカビを1種類でも見つけたら、たぶん、不気味の谷を抜けられる。

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青木
なるほど、なるほど。おもしろい。

もうすぐ『発酵文化人類学』っていう本を出すじゃない。それもきっと、不気味の谷を抜けるひとつの方法論だよね。

小倉
そうですね。それは、発酵学でなく文化人類学でブレイクスルーするという、発酵デザイナーならではの邪道なやりかたでもいつかは、正面からブレイクスルーしたい。とすると、僕はカビがすごく好きだから、カビのタクソノミスト(分類学者)になることが、大きな目標になります。

青木
なるほど。数年後が楽しみです。

小倉
遠出しなくてもきっと近所で見つけられるはず。いろんな菌界の中で、カビと粘菌が最も研究が進んでいないんです。カビは、地球上にいるであろう数パーセント以下しか見つかっていないと言われています。世界的に見てもすごくマイナーな学問だから、おそらく僕の参入の余地はあります。

Mycotaxon』という世界で唯一のカビの分類学の雑誌があって、毎回、何種類か新発見のカビ情報が載っているんです。そこに僕の名前が載ったら、夢は叶ったことになりますね。

青木
想像以上に具体的な目標が出てきたなぁ。

小倉
次の山をどこにしようか半年ぐらい考えた末に、たどり着いた目標なんです。カビの秘密を解き明かしたら、たぶん僕は次のステージに行ける。こんなこと言ってると、周りの人にまた、意味分かんねぇって言われちゃうんだろうな。

青木
僕は今回は言わないよ(笑)。カビを見つけるって目標、無邪気だけど、すごく意味のある目標だなとも思った。

ビジネス的な戦略には、一個の支点が必要。支点っていうものだけは、あざとくつくれないものなんだよね。力点と作用点は、これはもうあざとくつくることもできる。

ヒラク君の場合は、最初の支点は微生物に対する愛で、力点と作用点を設定して今のスタイルがつくられた。次のステージに行くために、この支点自体を変えなきゃいけないときにたどり着いたのが…

小倉
カビっすね。

青木
カビの新発見は、支点としてすごくピュアだし、具体的でものすごく腑に落ちる目標だと思った。

小倉
微生物を研究し出して、だんだん好き嫌いが出てきたんです。どうも僕はカビがね、超好きなんです。カビを見ていると、「キュン」ってしちゃう(笑)。

青木
全然そこには共感できないんだけどね(笑)。

「北欧、暮らしの道具店」は、佐藤の「北欧、超良かった~!」、「インテリアとか大好き!」みたいな気持ちが支点なんだよね。やっぱり支点はピュアでないとうまくいかないみたい。そういう意味で、最後にカビの話を聞けて、あらためてヒラク君のバランス感覚ってさすがだなと思いました。

小倉
そうですか!絶対誰も共感してくれないだろうから、ほとんど人に言ったことなかったんです。

青木
すごくいい目標だと思ったよ。

小倉
自宅の近くにラボを建てる予定なのも、カビ発見のための前哨戦なんです。この土地を解析して、それに基づいておもしろいカビを見つけるのが、僕が今一番ロマンを感じること。そして、ビジネスにおいて次のステージに行く布石になるはず。

「どうやって」というのはまだ分からないけれど、そのときが来たら「人間界の僕」が考えてくれるはず。だからきっと大丈夫なんです。

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ビジネス談義は止まらず、山梨名物のほうとう屋さんへ向かい、対談第二ラウンドを決行したそうです

【前編】ビジネスの動機は「愛」。 偏愛を貫いてオンリーワンになる 発酵デザイナー 小倉ヒラク×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談
【中編】コンプレックスが生んだ不細工な生存戦略 発酵デザイナー 小倉ヒラク×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談