ビジネスの動機は「愛」。 偏愛を貫いてオンリーワンになる 発酵デザイナー 小倉ヒラク×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談【前編】

書き手 編集スタッフ 小野

写真 土屋誠

ビジネスの動機は「愛」。 偏愛を貫いてオンリーワンになる 発酵デザイナー 小倉ヒラク×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談【前編】
誰かの自己紹介に「?」が浮かんだ経験はありませんか。
謎の経歴や肩書きに出会うと、一体この人は何者なんだろうという疑問と共に、どうやって稼いでいるのか、そもそもそれってどんな仕事なの、と聞きたいことがたくさん出てきます。

そんな「変わった仕事」をしている人にインタビューしてみたいと、新たな企画が立ち上がりました。変わり者と言われる立ち位置の人にだって、その人なりの真っ当なビジネス戦略があるはずなのです。

このシリーズに登場する最初の人物は、発酵デザイナー 小倉ヒラクさん。「北欧、暮らしの道具店」代表の青木とは旧知の仲で、たびたびビジネス談義をしているそうです。
しかし、あらためて、発酵デザイナーの仕事って?と考えてみると、青木の頭の中にも?がたくさん浮かびます。

いまはある種の発酵ブーム。乳酸菌入りのチョコレートが発売されたり、「菌活」なんて言葉を当たり前に聞くようになり、味噌や塩こうじなど日本伝統の発酵食品も再注目されています。

発酵デザイナーもブームの産物?いやいや実はかなりの戦略家で、冷静に自分の立ち位置を見つめながら歩みを進めているようです。3回にわたり、たぶん世界でただ1人の、発酵デザイナーの仕事について探っていきます。

発酵デザイナー

小倉ヒラク

1983年、東京都生まれ。大学在学中、絵描き修行でフランスに行っている間に就活のタイミングを逃したが、偶然見つけた求人で化粧品会社のデザイナーに。その後独立、会社設立を経て、現在はフリーランスの発酵デザイナー。4月28日に『発酵文化人類学』(木楽舎)を発売予定。

好きなもの:長風呂、散歩、味噌汁、日本酒、ワイン、レヴィ=ストロース、カビ、一人旅、少女マンガウォッチ、ネコのお腹を撫でる

「ビジネスの話もさせて!」いい話だけじゃない発酵デザイナーの胸の内

青木
あらためて考えてみても「発酵デザイナー」って、突飛な肩書きだよね(笑)。ある程度世の中に受け入れられている感じも不思議だけれど、メディアで取り上げられる場合は、クリエイティブとかアカデミックとか、カルチャー軸がメイン。その裏側にあるビジネス的なことは語られていないよね。

小倉
実は僕、インタビューで結構話してるんですよ。こういうバックグラウンドで、こうやってお金をつくって…って、場合によっちゃ7割くらい話すんだけど、全く使ってもらえないんですよ(笑)。

青木
そこ、カットになっちゃうんだ。一番面白いだろうってとこが。

小倉
僕としては一番の聞かせどころだと思って話したのに、記事には1ミリも出てこないことがしょっちゅうで。「働き方」とかみんな興味あるでしょ?と思ってサービス精神を出すけど、全然ひびかない。

青木
いやぁ分かるなぁ。僕も、コンテンツは担当していないのに、ファンをつくるコンテンツとは、という話だけが取り上げられたりする。「こういう財務モデルの中にこういうオペレーションがあって」って話しても、バッサリいかれちゃうんだよなぁ。

小倉
僕は、「日本人にとって発酵とは?」みたいな話にまとまっちゃうことが多い。「そっちじゃない方も見て」と思っているので嬉しいです。今日はビジネスの話をしましょう!

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隠していた「発酵好き」のビジネスチャンスに地方巡業で気づく

青木
実は、発酵デザイナーって何なんだか、未だによく分かってないんだよね。発酵分野への関心が先行していたのか、最初から発酵デザイナーという肩書きと仕事の領域がセットで自分の中でパッと生まれたのか。そこは、どうですか。

小倉
発酵が気になりはじめた方が先です。自分で発酵食を食べたり仕込んだりするようになったのは、もう10年近く前、25歳くらいのときです。

かけだしのデザイナーだった頃、めっちゃ働いて遊んで、全然寝ないで不摂生してたら倒れちゃって。そうしたら生まれつきの免疫不全体質がぶりかえしてしまいました。そのときに発酵博士の小泉武夫さんと出会って「お前、免疫不全だろう。発酵食品を食え」と言われて、納豆、お漬物、味噌汁なんかを食べるようにしたら、おもしろいことにだんだんと体調がよくなってきたんです。

それから小泉先生の著書を含めて発酵の本を読みはじめたら、どんどん発酵好きになっていった。だけど、最初は恥ずかしくて人に言えなかったんですよ。

青木
なんで恥ずかしいの?

小倉
なんか、菌とか怪しいじゃないですか。

青木
あはは。確かに今でこそ、ね。

小倉
今でこそ発酵って言うと、体にいい、かっこいいというイメージもあるけれど、10年前は全然状況が違った。菌といえば病原菌だったり、「ハッコウ」っていうと、「光るやつですか」とか「幸が薄い」とかいう話になったりするから。

僕、一応オシャレデザイナーになりたかったんです。だから、恥ずかしくて言えなくて。家に帰って、こっそり本を読んだり、手前味噌を仕込んでお味噌汁をつくったりして、密かに「これはおもしろいぞ」と思っていたんです。

その頃、スキンケアのメーカーのインハウスデザイナーだったんですが、仕事も結構できるようになったから、思い切って独立したんです。

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僕的には、業界的にイケてるデザイナーになりたかった。だけど、駆け出しのデザイナーに仕事なんて来ない。ブラブラしているのを見かねて知り合いが「農家のおばちゃんが困ってるから相談に乗ってくれないか」とか、元同僚の実家の味噌屋のデザインをやってほしいとか、地方の仕事が来るようになっていきました。

それで、リュックに長靴を詰めて依頼先へ旅に出るんです。パソコンと機材一式を持って田舎に行って、何日か泊まり込んでフィールドワークをして、デザインしたものを納品して、また次の場所に行く。そんな生活を一年間くらいやっていました。それが26、27歳の頃。

今でいう、ローカルデザインとかソーシャルデザインの現場にいることが多かった。そうすると、今まで恥ずかしいと思っていた発酵が、実は地域の文化のハブになっていることに気づくわけです。

青木
地域の文化のハブ…ってどういうこと?

小倉
街のみんなが知っている、「この街といえばあそこ」みたいな場所はだいたい、酒屋や醤油屋や味噌屋なんです。まちづくりにしても、キーマンのなかに必ず酒屋や味噌屋の息子がいる。もしかしたら、発酵文化は単純に健康にいいだけではなくて、日本の文化のかなり核心部分を突いてくるものなんじゃないかと、地方を回っているうちに気づきはじめた。

「おいしい」「おもしろい」という観点から見ていた発酵が、「デザイン」や「これからの社会」を見据える上で、すごくエッセンシャルなんじゃないかと考えはじめました。それが発酵に興味を持ちだして3年目くらいのことです。

他人の評価は気にしない。「好き」を殺さない働き方

青木
それでもまだ、「発酵を絡めた仕事」には距離があるよね。

小倉
2011年頃に、ノリで山梨の味噌屋の若旦那と一緒にアニメをつくる話が持ち上がります。それは味噌屋さんの販促ではなくて、家でお味噌を仕込む文化を伝えるアニメでした。それがはじめて自分の手弁当でやったプロジェクトでした。それまでの仕事は、クライアントワークだったけれど、自分主体のプロジェクトをやったことで、僕の運命が変わったと思います。

趣味でつくって終わるはずが、YouTubeにアップしたら全国に広がって、テレビや雑誌に特集されると、僕は「発酵の人」としてまわりに見られるようになっていきました。

自分が今までイケてると思って頑張ってやってきたクライアントワークの何十倍も、手弁当でやった味噌の歌が知られる。だんだんそれが僕のアイデンティティーのようになっていって、悩み始めるわけです。

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運命を変えた『手前みそのうた』は、いまやYouTubeの再生回数10万回を超えた

青木
その頃、自分で会社もやっていたよね。だから、立て付けは「会社経営者」なのか。

小倉
そうそう。で、「発酵が好きです」と。だから、ちょっと中途半端だった。

青木
そうだよね。会社を辞めたのいつ頃だっけ?

小倉
2014年ですかね。

青木
自分で経営していた会社を辞める話が出てきた頃に、「僕、発酵でいこうと思っている」と言われたのは覚えているんだよね。そのとき、金額は忘れちゃったんだけど、「発酵の市場規模って実はすげえんだ」みたいな話を聞いて、「ヒラク君、大丈夫かな」って心配になった記憶が(笑)。

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おもしろそうだと思った反面、言っていることの意味が全然分からなかった。あのときって一体、何が見えていたの? 自分でつくっていた事業から離れて、ゼロからのスタートだったわけでしょ。「もう1回、いちデザイナーとしてがんばります」の方が自然な気がするけれど、全く異分野でゼロからやり直すってめずらしい選択だよね。

小倉
自分で立ち上げて3年くらいやっていた会社を辞めて、共同経営者に経営を引き渡す選択をしたけれど、そのとき相当悩んだんです。そして大事なことに気がついた。今だから言語化できることだけど、人生には自分でコントロールできない愛があると気がついたんです。

青木
うーん、なるほど。

小倉
そのときまで、ソーシャルデザインの領域にいたので、一番大事なのは課題解決だったんです。自分が必要とされていたり、すでに起こっている問題に対していかにコミットして解決していくかを仕事にしていた。だから、そこで出た結果によって自分のアイデンティティができあがっていくわけです。

その一方で、全然関係ない文脈の微生物への愛が育っていったんですが、それって課題解決のプロとしての自分にとって、異物でしかないんですよね。でも、本当に大事なのは、人様の課題解決じゃなくて自分への愛かもしれないぞ、と。

青木
なるほどね。それはすごい気づきだ。

小倉
会社を辞めた理由には、さまざまなトラブルや事業の行き詰まりがあったんだけど、根本の原因を考えると「自分への愛を殺しているから」かもしれなかった。そこで出した答えが、人から認められるために仕事をしちゃいけないってことなんです。

人から認められると、調子に乗っちゃうじゃないですか。だから、自己承認欲求を他人から満たしてもらわないと、前に進んでいけない状態になってしまっていた。これって人間の生き方として、こじらせていると思ったんです。

自分で自分のことを満たして承認していく生き方をしないと、健全じゃないだろうと方向転換した。今まで隠していた愛を封印から解き放つしかないと思ったんだけど、その対象が微生物っていうのが…

青木
とんでもないところを選んじゃった?

小倉
いや、そういうことじゃなく、もうちょっとかっこよければな、と(笑)。横尾忠則みたいに「デザイナーやめて、画家になります」とか、あるいは「農家やります」とかだと、一応、社会的な名目が立つ感じがするでしょう?

青木
なるほど。そういう観点ね(笑)。

意外に綿密?市場規模をリサーチしてからの発酵業界参入

青木
発酵デザイナーっていう名前はどうやって決めたの?

小倉
まだ普通のデザイナーだった時代に、アニメの取材をしてくれた新聞の記者さんが「小倉さんは、発酵をデザインしてますね。発酵デザイナーですね」って。そのネーミングは、自分では全く考えつかなったし、謎だけど「超イケてる」と思いました。

青木
名付け親がいたとは知らなかったなぁ。

小倉
その頃ちょうど、自分の愛が世の中からは見向きされないものへ向かっていると気づいてしまって、引き裂かれていたんです。すでに人から認めれてる領域でがんばるのか、微生物や発酵への愛をつらぬき通すのか。

それで、業界地図を見たり、経産省の資料を読み込んだんです。すると経産省の『微生物遺伝資源に関する新たな整備計画・利用促進方策(2013)』に、食品だけで5兆円の市場規模とあって、マジかよ!って。

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ちょっと待て、微生物って確か食品だけじゃないよなと、医療、環境技術、エネルギーの分野も見たら10兆円を余裕で超えていて。10兆円の海に僕1人って、究極のブルーオーシャンじゃないかと思えたんです。

青木
あはは。そんなに大きな海だったんだ。

小倉
新聞の取材があった日の夜中に記者さんに電話をかけて、「あの名前、これから使わせてもらってもいいですか」とネーミングをもらいました。一晩寝てもいける気持ちが消えてなかったら、発酵デザイナーでいこうと決めて、次の朝起きた瞬間に、僕は発酵でいこうと決意しました。

青木
発酵業界は、何で伸び続けると思ったの?

小倉
すごくざっくりいうと、これから石油資源が生物資源に移っていくので、石油資源由来で成り立っていたものをリデザインする時代にだんだん舵をとっているんです。ヨーロッパではすでにその動きがしっかりあって、経産省も市場規模を拡大していく提言をしている。とすると、マーケットが縮小することはないと踏んだわけです。

絶対的な成長産業で、かつ、一般の人が目をつけてない、特にクリエイターが全く目をつけていない領域だから、これはすごくいいぞと思いました。

自分が具体的に何をやるかが多少不明瞭でも、ニーズが増えていくものを見つけたら、それが勝ちだと思う。それが僕のビジネスマンとしての勘。可能性のある市場にコミットしているうちに、やるべきことは勝手に出てくる気がしています。だからまずは、微生物に100%オールインしようとしたら、普通のデザイナーは全部捨てちゃうしかなかった。

青木
なるほど。だから、発酵デザイナーが何かっていうことは正直…

小倉
どうでもよかった。今思うと、この肩書きが超イケてたのは、「何だかよくわからない」からだったんです。

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中編では、発酵デザイナーとしてのビジネスが成立した、異端のアプローチの背景についてお話をうかがいします。

【中編】コンプレックスが生んだ不細工な生存戦略。発酵デザイナー 小倉ヒラク×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談

【後編】夢は新種のカビの発見!ピュアな動機で次のステージへ。発酵デザイナー 小倉ヒラク×「北欧、暮らしの道具店」代表 青木耕平 対談

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