CEOノート

コンテンツをつくって、それが流れていくことは無駄なことではない。

代表取締役 青木耕平

コンテンツをつくって、それが流れていくことは無駄なことではない。

とあるイベントに登壇させていただいた時に、出席者の方から

「WEBメディアで働いているのですが、記事を書いて、リリースして、それが翌日には読まれなくなって流れていってしまうことに虚しさを感じることが多いのですが、青木さんはその辺どう思ってますか?」

というような趣旨のご質問を頂いたんですね。

なるほど、確かに自分が頑張ってつくった「作品」だと思えば、それがずーっと読まれて、長く愛されるといいなと思うのは当然のことですよね。つくったものが数日で誰の目にも止まらず、誰の心を動かすこともない、「存在してないものと一緒」になってしまうのはなんとも悲しい。

でも僕は今まで個人の趣味として、あるいは事業としてコンテンツづくり、メディアづくりをする中で一度もそういう感覚になったことがないんですね。なので、よく考えてみればこの質問者さんの感覚の方が自然な気もするのに、そう感じて来なかったのはなぜだろうとその場でウンウンと考えて見ました。

それで僕がその場で回答したのは、以下のような内容でした。

「僕はコンテンツをつくる時(あるいはコンテンツづくりに関わる時)一つ一つのコンテンツを「作品」とか「資産」とは思っていないのかもしれません。僕にとってコンテンツをつくり、リリースすることは「コミュニケーション」の一つの手段だと思っています。

僕がしたいことは何かの意見や、情報や、表現を広く伝えたり、世に問うたりすることではなくて、コンテンツを通じた「コミュニケーション」によって読者に喜んでもらうことや、それを積み重ねることで良い関係をつくり、メンテナンスし続けることです。

例えばあなたに一緒に住んでいる恋人がいたとして、毎日帰宅してから今日会ったことを面白おかしく話すとして、その話の内容は一つのコンテンツだと言えるわけですが、それが話しているそばから消えていく、顧みられなくなっていくとしてもそれを「徒労」だとか「虚しい」だとかは思わないと思います。

多分翌日も、そのまた翌日も飽きもせず会話を通じてなんらかのコンテンツをその恋人に提供しつづけるのではないでしょうか?

なぜなら会話の内容が重要なのではなく会話を通じて良い関係をつくり、育てることが目的だからだと思います。

僕らが自分たちのメディアを通じてコンテンツをリリースし続けるのも同じスタンスでやってるんだと思います。話す相手が楽しんでくれそうな「共通の話題」を提供することでコンテンツを読んでくれる人との良い関係を育みたい、だからできたら毎日話したいんです。

場合によっては毎日のように同じような話をしたっていいんです。だいたい仲の良い友人、家族、恋人の間で、いつもいつも新しい話題の提供なんて期待されてもいないし、期待されても辛いですよね。でもそういういなんということもないコミュニケーションの継続の先に、信頼関係、親愛の情、安心感とそれを基盤にした勇気みたいなものが育まれるんだと思っています。

なので毎日コンテンツをつくって、それが公開したそばから流れていってしまうことを自然なことと受け止めてますし、愛すべき人たちと毎日飽きもせずコミュニケーションしようとするように、コンテンツをつくり、リリースしていきたいと思っています。

確かにコンテンツをまさに日々つくっている当事者としては、つくったものが正当に評価されてほしい、長く誰かの役に立って欲しいと思うのは当然だと思いますし、メディアの形態やコンセプト(例えば書籍とか映画とか?)によってはそれを狙うことが望ましいと思いますが、WEBメディア役割はそこではなく継続的に「コミュニケーション」し、読者と良い関係を育むことに目的を置いた方が良いケースも少なくないなと思います。

なのでもしあなたがコンテンツをつくりつづけることに徒労感や虚しさを感じるとしたら、自分は読者と「コミュニケーション」しているんだ、継続的に「コミュニケーション」することこそ目的なんだと意識してみると違う喜びや成果を感じることができるかもしれません。」

いろいろなメディアやコンテンツの在り方があると思うので、あくまで僕らのスタンスということだと思うのですが、社内のスタッフを含めてコンテンツをつくりつづける仕事をしている人たちがもうちょっとだけ自分のやっていることを満足感を持って捉えられる一助になればなと思って書いて見ました。

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